20100324

抜粋: ガイルズ・ウィルケス: 『Credit where it's due: 量的緩和を実体経済のために』

Giles Wilkes 『Credit where it's due: Making QE work for the real economy』(2010年 3月、CentreForum 96 頁、2.2M) から 「Executive Summary」のみ。

題名のとおり "量的緩和政策を改善しようぜ" という提案。要約しか読んでませんが、第三者による「まとめ」になっていて、ガイルズさんたちの提案は、「イングランド銀行は名目成長ターゲットを使うべし」と「信用リスクを緩和するために基金をつくりませんか?」 というもの。

イングランド銀行 (BoE) 側による「まとめ」には、金融政策委員会のスペンサー・デールさんの 『QE - ONE YEAR ON 』 (2010年3月12日、16頁、44kb) があります。

イギリスのみなさんは総選挙前なので、今回の危機対策を一旦整理ですな。「よーく考えよー、お金は大事だよー♪」っと。日本のよい子のみなさんはその動きに釣られないようにしましょう (自戒をこめて) 。ま、多くの人がマスメディアにひっぱられると思うので、カウンターが必要でしょうか。

BoE は、つい先日、今年 1冊めの四半期報告 『Bank of England Quarterly Bulletin 2010 Q1』M4 についてのレポートを出版しました。また、それとは別にふたりの副総裁講演も。チャールズ・ビーン副総裁 (通貨政策担当) の 『The UK Economy after the Crisis: Monetary policy when it is not so NICE』 と、ポール・タッカー副総裁 (金融安定担当) の 『Resolution of Large and Complex Financial Institutions』 がそれです。FT にも量的緩和を云々する記事や FSA による規制についての記事が (下記) 。まぁでもやはり、イギリス世間にとっては財政問題がホットなのかしらん。にしても、さっぱり読むのが追いつきません...

おまけの記事リンク:

BoE の量的緩和については → 『"Reasons to be Miserable" UKバージョン』 from FT など。

記事の題についてですが、「Reasons to Be Miserable (His Name is Marvin)」 という歌があるそうです。"Marvin"は、あの 『The Hitchhiker's Guide to the Galaxy』 にでてくる >> 偏執狂のアンドロイド << (←ここ注意) 。えーっとw、マービンといえば BoE のマービン・キング総裁。深読みしすぎですかね? 記事は「Have a good weekend everyone!」で締めくくられてます(笑) ちなみに歌詞はこちら ... "Reasons to be miserable: In my brain a pain, Very little turns me on, Marvin is my name..."。明るい歌...ではないようですw

FSA (金融サービス機構) については → 「FSAの強気なスタンスに City 街はびくびく」『「今は締め上げの時期ではない」 by FSA』 (ともにFTから) など。

今回は 『DeLTA Function』 の にゃんこワンダフルさんに感謝です。まずは原文にある「著者について」から。



著者について

ガイルズ・ウィルケスは CentreForum[1] の主任エコノミスト。2008 年 4 月に金融関係の調査員として当フォーラムに加わった人物だ。著書 『A balancing act: fair solutions to a modern debt crisis』 は "Prospect magazine think tank publication of the year for 2009" を受賞している。他に 『Fiscal Rules OK?』 (Alasdair Murray との共著) や 『Divided we fall: can the G20 save globalisation?』 (John Springford との共著) などの著作がある。

オックスフォード大学出身。1994 年に経済哲学 (Philosophy and Economics) を修了し、ロンドン・ビジネス・スクール[2] 在学中に MBA を取得、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス[3] で 世界史[4] の修士号を得た。この間、出版社に勤務した経験もあり、IG Group (spread-betting and derivatives company) のディーラやマネージャとしても 10 年の経歴を持つ。

訳注 1: CentreForum のサイトはこちら。Centre と Forum のあいだにスペースは入りません。爽やかガイルズくんは「Freethinking Economist」 というブログ (毎日更新) を書いている。

訳注 2: London Business School、ロンドン大学のカレッジのひとつ。MBA 関連コースの評価が高いとか。

訳注 3: LSE、London School of Economics、こちらもロンドン大学のカレッジ。ロンドン大学はカレッジが複数あって、それぞれ結構独立している。"ロンドン大学連合" という訳もあるみたい。そのほうがあってる気がします。

訳注 4: Global History。


参考に目次を。

Credit where it's due: Making QE work for the real economy

Contents

  • Executive summary
  • 1. How we got here: from inflation busting to quantitative easing
  • 2. Has QE worked?
  • 3. Other effects of QE beyond boosting spending
  • 4. Is QE dangerous?
  • 5. Making QE work better through `fiscal dominance'
  • 6. Conclusion
  • Appendix 1: insufficient demand, and its causes
  • Appendix 2: changing your mind about how it works
  • Appendix 3: assessing distributional consequences of asset growth
  • Appendix 4: auction prices for the same gilts before and after QE
  • Appendix 5: has the Bank given too much to the market?
  • Notes

Credit where it's due: 量的緩和を実体経済のために


本稿の要旨

「Quantitative easing (量的緩和、QE)」は、政策金利がゼロになった時、景気回復のためにイングランド銀行が採用した政策である。世の中に流通しているお金を増やして消費を促進するため、これまでに 2000 億ポンド[1] の銀行準備が新たに用意されてきた。これにより、イングランド銀行のバランスシートは住宅金融組合程度から数千億ポンド規模にまで拡大をつづけてきた[2] 。今日、わが国でもっとも重要な投資家はスレッド・ニードルの公務員なのである。[3]

このように膨大なお金を投入したにも関わらず、2009 年の実体経済[4] は急激な景気悪化に見舞われた。その激しさは政府が 2009 年度予算で見込んでいたものの 100 % 以上に達したのである。フランス経済とドイツ経済は (量的緩和なしで) 成長に転じたが、イギリスの景気悪化はさらに半年間も続いている。イングランド銀行による融資は経済回復に失敗し、ブロード・マネー [5] の伸びも目立つほどではない。量的緩和の効果がもっとも小さかったのは、イングランド銀行が影響を与えようとした分野、すなわち通貨供給量の増加であり、支出の増加であったのだ。

イングランド銀行のマービン・キング総裁によれば、量的緩和は従来の金融政策の「延長線上にある」とのことだ。ところが、量的緩和は支出にあまり影響しなかったにもかかわらず、従来の金融政策の延長とはとても思えないほどの副作用があった。政策がスタートしてから 9 ヶ月になるが、この間にイギリス政府が売った英国債は年額で史上最多にのぼっている - しかも政府は比較的小さい借入れコストで国債を売ることができた。その結果、資産価格が尋常でないレベルまで反発している。住宅価格がふたたび上昇しはじめ、株価も 50% 以上の値上がりだ。投資銀行 [5] にとっては豊年となり、あたかも危機がおきなかったかのように多額のボーナスが支払われている。

経済成長への影響がみられないとなれば、量的緩和の副作用が現実問題として取りあげられるだろう。そうなれば、金利の決定とは違って政治家もこれを無視できなくなる。中でも問題なのは、量的緩和によって財政政策と通貨政策の境目がよくわからなくなってしまう点だろう。緊急に支出が求められていた時、政府が安上がりに借金できたのは事実として喜ぶべきことだ。けれど今度は、イギリス大蔵省が財政の健全性を中央銀行に左右されるようになり、困った立場に立たされてしまっている。つまるところ、中央銀行と大蔵省がこのような関係にあると、両者の施策上の独立性が脅かされてしまうということだ。

一連の量的緩和政策は受益者への配分もゆがめてしまっている。量的緩和は多くの大企業や金融業に恩恵をもたらしてきた。社債を発行して資金調達するのは以前よりずっと楽になっている。大企業などによる大口の資金調達[6] は楽になって資産価格もうなぎ昇り、ロンドンの金融街は大もうけである。資産をたくさん持っている人たちにとって 2009 年はよい年だった。典型的な株のポートフォリオ[7] やロンドンの住宅価格は、ほぼリーマン・ショック以前の水準にもどっている。その一方、ほとんどの一般家庭や零細企業にとって、量的緩和で好転したなにかはまだ目に見えてこない。彼らこそ借りられるお金が少しでもないものかと目を皿のようにしている人々だ。そしてそれは、個人や中小企業向けの銀行[8] がいまだに弱気で融資を渋っているからなのだ。

さまざまな意味で、量的緩和は金融業界と富裕層に多額の補助金をわたすようにはたらいてきた。けれど、それと銀行の救済とは別問題。銀行の救済だったなら会計監査というしくみが使えるからだ。量的緩和によるお金の行く先の大部分は不透明で、誰がその恩恵を受けたのかよくわからず、納税者はほとんど蚊帳の外だった。わが国の金融政策当局は、おそらくそれを国家経済を救う唯一の道だと信じ、所得格差が広がってしまうような"力"を使って経済のある部分をえこひいきしているのだろう。しかしながら、彼らのこの姿勢がそもそも議論すべきもので、その議論の結果、副作用による損害が軽くなるとしたらどうであろうか[9] 。

わが国には、このような副作用のある試みにあまり頼らずとも、不況から力強く抜けだしていく可能性がある。ところが、経済の先ゆきがあやしいままなリスクも、それどころか景気が後もどりするリスクさえかなりの程度で存在している。財源は限界にきている。2008 年とはちがって、イギリス政府はこのさき 2、3 年は予算を引き締めるだろう。

イギリス経済はふらふらと後退していく運命なのだろうか。量的緩和が金融街に活をいれるだけでなく、経済全体を効果的に刺激できるかどうかがその鍵になる。では、現時点でのわれわれのアドバイスを以下に記すことにしよう。

  • : 不況のあいだ、イングランド銀行は名目成長 (率) を目標としてはっきり示すべきだ。現在、イングランド銀行は目標をインフレーションにしぼっている[10] 。しかしこのままでは、まだ効果の出ないうちに量的緩和が引っこめられるのではないかという市場の危惧を完全には振りはらえない。市場がそう予想していると、量的緩和政策はひどく弱体化してしまう。イングランド銀行が目標として高い名目成長率をきっぱりと口にすれば、人々は投資家が安心するまで (ひいては彼らが活気づくまで) 流動性[11] が維持されると信じてくれるのではないだろうか。

  • : 低インフレの不況だと、通貨政策と財政政策は力をあわせなければ効果を発揮できない。これはイギリス大蔵省が量的緩和を「信用緩和」[12] に変換するということだ。量的緩和に使われる資金の一部を使って、新しく「信用リスク基金」を設けるべきだろう。金融市場で問題がおきた際、必要な資金をすばやくそこに向かわせ、より早く需要が改善するようにしておくのである。

  • : 信用収縮[13] に苦しみ続けている分野は多い。「信用リスク」基金があれば、彼らへの資金源として有効に使えるはずだ。借入れ保証制度[14] はすでに成功をおさめているし、零細企業への融資につかう基金としてもよい。アメリカで論じられている社会基盤整備銀行[15] のようにしてもよいだろうし、銀行部門への追加資本注入に利用してもよいのだ。

訳注 1: 25兆円超くらい。

訳注 2: ググれば出てくるだろうけど DeLTA Function にグラフがある。「円高とデフレ、あるいは某中央銀行のサボタージュ」や「日米英の"銀行券ルール」参照。

訳注 3: スレッド・ニードル(街) はイングランド銀行がある通りの名前。Google Map で行ってみる?

訳注 4: real economy。「実体経済」は経済のモノやサービスの生産に関わる部分、かな? この文脈では経済の "金融" とは別の部分というくらいの意味でしょう、たぶん。

訳注 5: M4 のこと。『Measures of M4 and M4 lending excluding intermediate other financial corporations』 (PDF直リンク) をみると、2007年9月以降、BoE は M4 をブロードマネーとして扱っています。以下がイングランド銀行のサイトにある説明。引用元は「Monetary & Financial Statistics Brief Background to Tables」。より詳しくは、「Monetary & Financial Statistics Explanatory Notes」以下の M0M3M4 を参照。

  • Notes and coin (Table A1.1.1) is the UK丕サs narrow monetary aggregate, intended to capture money held for transactions rather than as wealth. The level of notes and coin in circulation is likely to be related to economic transactions such as retail sales.

    表「紙幣と硬貨」はイギリスの狭義の通貨総量 (ナロー・マネー) で、財産としてのものではなく、取引や決済に使われる通貨だけを把握しようとするためのものである。

  • M4 (Tables A2 to A4) is the UK's main broad monetary aggregate; M4 is held not only for transactions purposes but also as a form of wealth.

    Measures of M4 and M4 lending excluding intermediate other financial corporations are published in Table A2.2.3. These provide economically more relevant estimates of broad money and credit than M4 and M4 lending based on their traditional definitions. An article in this publication (http://www.bankofengland.co.uk/statistics/ms/articles/art1may09.pdf) sets out the background.

    M4 はイギリスの広義の通貨総量 (ブロード・マネー) の中心的なものである。M4 では取引・決済手段としての通貨だけでなく、財産としてのものも含まれる。

    M4 と"その他金融関連企業"をのぞいた M4 lending を表 A2.2.3. に示した。これらの数字をつかって広義の通貨総量と信用量を評価すれば、従来の定義からの M4 と M4 lending よりも、経済学的に意味のあるものを得られる。われわれが出版した『Measures of M4 and M4 lending excluding intermediate other financial corporations』 (PDF直リンク、以下に抜粋して翻訳) は、その背景について明らかにしている。

Measures of M4 and M4 lending excluding intermediate other financial corporations

By Norbert Janssen

はじめに

2007 年 9月、イングランド銀行は国内のブロード・マネー (広義の通貨総量) の計測法の変更について一般から意見を募った。これは、イングランド銀行がもちいるブロード・マネーの計測法を、急速に発達している世界の金融システムにあわせてアップデートするためであった。そこでの主な提案は、"その他金融企業 (OFCs、other financial corporations) " などが保有する「通貨」をブロード・マネー (M4) から除外することだった。これによって、名目支出により密接なかたちで「通貨」 (の総量) を計れるようになると予想された。本稿は一般公募後の進捗状況を報告するものである。"その他金融企業" による預金や彼らへの貸付け/融資を除外した場合、ブロード・マネーと信用をどのように計るか、その内容についてもまとめてある。そして最後に、このデータをより頻繁に発表するために、われわれがどんな作業をすればよいのかについても軽くふれている。

背景

「通貨」という概念は次の 3 つの条件を満たすモノや財産をさしている。まず、会計勘定や銀行口座、商取引の一単位となるものであること、そして価値を保有するものであること。さらにモノやサービスに対する支払い方法であることがその条件だ。わが国のように金融システムが発達している場合には、経済学的に意味のある通貨総量 (通貨供給量/通貨流通量/マネー・サプライ) は次のようにして計らなければなければならない。すなわち、対象を幅広く広汎にとり、国内で流通している紙幣と硬貨をふくみ、同時に銀行[1] や住宅金融組合[2] が保有する預金もふくめねばならないのだ。預金を含めるのは、銀行と住宅金融組合の負債のほとんどが、支払いの手段としても利用されているからだ。上の条件に照らしあわせると、これらの事業体は「通貨」の役割をはたすものをつくりだし、それを取引して金融業 (MFI、monetary financial institutions) を営んでいることになる。しかし、ある MFI から別の MFI への債務はその部門のなかで相殺されてしまうので、MFI どうしの預金はわが国のブロード・マネーには含めない。そのため、ブロード・マネーを計るときに通貨を保有している部門としてあつかうのは、国内に籍のある民間の非 MFI 事業体、例えば一般家庭や民間の非金融関連企業、それと MFI でないという意味での "その他金融企業 (OFC)" などになる。

OFC 部門には異なる経済活動をおこなう様々な企業がたくさんふくまれている。例えば保険会社や年金基金、証券ディーラなどの預金を預かっている企業や団体がある。それらは資産価格に影響を与える事業体にふくめてもよいだろう。これらの企業が一般家計や 他の一般企業とじかにやりとりすることで、名目支出はきまってくるのだ。

OFC には他のタイプのものもある。彼らの仕事は主に銀行と住宅金融組合のあいだの仲介で、 MFI どうしでみられるような取引を効率的に提供している。仲介業務をおこなう OFC には次のようなものがある。セントラル・クリアリング・ハウス[3] - 彼らは証券取引の決済/調整を手伝ってくれる -、証券化のための特別目的事業体[4] 、担保つき債権をあつかう団体 (MFI はこの種の団体を融資の資金源に使っているし、資産やリスクをバランスシートから移転するのにも利用している)[5] が最も一般的だ。

2007 年 9 月の一般公募での案は、仲介業務にたずさわる OFC を通貨保有部門[6] から除外するような提案だった。この案に沿ってブロード・マネーと信用を計れば、より有意義になると思われたからである。しかし、当時のデータには MFI 企業と仲介にたずさわる OFC 事業体の区別がない。そのため、この区分であきらかにできたのはブロード・マネーの概要だけであった。では次節から、2007 年以降、この計算方法がどう変遷してきたのか説明していくことにしよう。

訳注 5-1: イギリスで "bank"といったら何のことか気になって調べてみた。ところが FSA のサイトには "There is no definitions " とあって、"bank" が実際に何をさすのかはよくわからなかった。だから「bank = 銀行」なのかもわからない。つか、日本の「銀行」についても知らないんだけど。

訳注 5-2: building society。

訳注 5-3: Central clearing couterparty。取引の契約期間が長いと、状況の変化しだいで、債務不履行がおきるリスクが大きくなってしまう (例: 先物取引) 。このようなリスクを減らすため、"特定の機関" が全体の取引の損益を計算して、一定の会員のあいだで儲けた人→損した人のように金額の調整がおこなわれている。この「特定機関」がクリアリング・ハウス (たぶん) 。清算機関には種類があって、"Central" がついてるのは "1箇所にまとめて" という方式のことだと思う。日本では日本証券クリアリング機構や東京金融先物取引所、アメリカではシカゴやニューヨークの証券取引所が該当するみたいです。参考: 『クリアリング(清算)制度について』 (PDF直リンク、2003年)。日銀の『決済について』 も参考になります。

訳注 5-4: securitisation special purpose vehicles。英辞郎95には "資産買取り、資金調達証券発行、信用補完、収益配分を行う会社・組合・信託" とあります。

訳注 5-5: covered bond entities。

訳注 5-6: money-holding sector。

続いて、『インフレーション・レポート 2009年5月版』の13頁の Box から。 (←これは「いつか」そのうち...)

......訳注 5 は ここまで。しかし注釈が長いっすね...

訳注 6: wholesale financing。

訳注 7: ポートフォリオ。"The entirety of the financial assets (and usually also liabilities) that an economic agent or group of agents owns." 経済主体やそのグループが保有する金融資産のまとまり (ふつうは債務も含める)。金融資産には株式、社債、預金、現金がふくまれる。『Deardorff's Glossary of International Economics』より。

訳注 8: retail bank。

訳注 9: But if this is their view it should be debated - and damaging side-effects mitigated.

訳注 10: イングランド銀行 (BoE) 謹製の量的緩和政策のパンフレットには日本語訳があります(『イングランド銀行パンフレット「量的緩和とは何か」』、リンクが張れなかった)。現状、BoE は 2% を目安にインフレをコントロールしてる。"インフレの指標" が上下に 1% 以上目標からずれると、BoE 総裁は金融政策委員会 (MPC) 名義で大蔵大臣に「始末書」を書かねばなりません (「始末書」現物はPDFで公開されていて、こういうもの。"Open letter" っていうらしい。最近では 2010 年 2月のがあります。これはキング総裁の任期中で 3 回目で、リンク先の PDF には、その理由や MPC の見とおし、今後の政策についてもちゃんと書いてあります)。彼らが使っている "インフレの指標"(CPI インフレ率) の内容は、このリーフレット 『Consumer Price Indices - A Brief Guide』 (PDF直、1.3M、2004年) や 『The New Inflation Target: the Statistical Perspective』 (2007年) にあるものかと。たぶん後者を参照したほうがよい。

訳注 11: "The capicity to turn assets into cash, or the amount of assets in a portfolio that have that capacity. Cash itself (i.e., money) is the most liquid asset." 資産を現金に交換できるかどうか。もしくはポートフォリオに含まれる資産のうち、現金に換えられる資産の量。現金 (例えば、通貨) が一番流動的な資産。 『Deardorff's Glossary of International Economics』より。

訳注 12: 信用緩和/Credit Easing は、アメリカの連邦準備銀行が採用している政策。ベン・バーナンキ議長の 2009年 1月の講演でふれられた。両者はともに、ゼロ金利な状況でもちいられるが、量的緩和/Quantative Easing とは異なる政策。

僕はまだそこまで詳しく理解していないので、白塚重典 『わが国の量的緩和政策の経験: 中央銀行バランスシートの規模と構成を巡る再検証』 (2009年 1月) の 2ページ目にある注釈を引用してお茶を濁しておきます。

"Bernanke[2009a]は、クレジット市場を支援する Fed のアプローチを、最初に信用緩和と呼び、日本銀行が 2001~06 年にかけて実施した量的緩和政策との概念的な相違を指摘した。Yellen[2009]も、現在の Fed の政策実践と日本銀行の経験を比較すると「相違点が共通点を上回る」とし、Fed がバランスシートの資産サイドに注目し、特定の市場における与信フローを改善させようとしていることを指摘した。このほか、Bean[2009]は、BOE による量的緩和は、主として民間非銀行セクターから資産を買い入れるよう設計されており、日銀による量的緩和政策と異なるとしている。"

上記引用に出てくるバーナンキとビーンの講演は以下。Yellen さんのは白塚さんの参考文献リストには載ってませんでした。バーナンキさんはアメリカ連邦準備制度の議長、ビーンさんはイングランド銀行の副総裁。

訳注 13: 信用収縮...あとでしらべようっと。

訳注 14: loan guarantee schemes. 具体的には、ビジネス・イノベーション省 (Department for Business, Innovation and Skills、BIS) の零細企業支援策

訳注 15: 「National Infrastructure Bank」 たぶんアメリカで提案されている制度のこと。

20100317

FT誌: 気あいを入れずに化粧をかさねる日銀

FT.com の「BoJ move to be more cosmetic than radical」 の訳です。原文はこちら

...と訳していたら、「日銀:新型オペを20兆円に拡大-特別支援オペ終了に対応(Update2)」 from Bloomberg.co.jp (更新日時: 2010/03/17 13:25 JST) だそうで。

P.S. さっきトイレに行ったらヤモリ (小) がいました。この 10 数年ずっといるんですが、ちゃんと世代交代しているようです。5cm くらいのかわいいやつでしたよ。僕らの世代交代は、いったいどうなるんでしょうか orz...

2010/03/19 追記: "政府~電気会社" のあたりを訂正。東京電力の元副社長が日銀の審議委員になるようで。『過去のドラめもん』 を読んでいて判明。この場を借りて、ドラめもんさんに御礼おば。


2010年3月15日23時11分

気あいを入れずに化粧をかさねる日銀

ロビン・ハーディング、東京発

日本銀行は今週の政策決定会合でトリッキーな決定をおこなった。しかし、その内容は金融政策ではなく、おもに景気見通しの調整についてのものだった。

ウォッチャーの多くは日銀が金融政策をわずかにゆるめるだろうとみている。日銀の考えは、経済が弱りきってしまったわけでもないのに、デフレ対策として自分たちにできることは少ないというものだが、とにかくウォッチャーたちはそう予想している。

ところが、変化を求める声に耳をかたむけると、むしろ政治家の怒りをなだめ (soothe)、市場をしずめ (placate)、消費者を「ゆくゆくは自分たちがデフレを打破しますよ」と説きふせる (persuade) ために、日本銀行が物価の下落を心配しているようにきこえてくる。

東京にいる JPMorgan のエコノミスト、カンノ・マサアキは、「日銀から追加発表する可能性のほうが大きいでしょう、どちらかといえば。」と思っている。

ゴールドマン・サックスのエコノミストも、限定的な緩和が"ありそうだ"と判断している。最近では、政府からも"もっと気あいを入れろ"との圧力が微妙に高まってきた。ノダ・ヨシヒコ財務副大臣は"適切かつ柔軟な政策"を期待していると述べ、日銀は"危機感"を持つよう求めてもいる。

日銀の審議委員政府には電力電気会社の重役もいる。彼なら日銀の政策決定会合による緩和を支持するだろうし、その気持ちはエコノミストより強そうなものだ。

このような状況だが、日本銀行は自分たちがデフレと闘うとは絶対に思われたくないようだ。これでは市場はがっかり、消費者もデフレが続くと思って自分の影におびえるようになりかねない。そうなれば日銀はもっと政治圧力を受けやすくなるだろう[1]。

いっぽうで、日銀の政策決定会合には、日本経済の何が変わってしまったのか、そしてなぜもっと緩和したほうがよいのかを理解していない委員もいる。3月初めのロイター報道によると、「今のところ、1月の私の予想とくらべ、物価下落ペースに何か大きな変化があったようには見えない」、政策委員のノダ・タダオはそう述べたとある[2]。

3月15日月曜日の発表では、日本政府でさえ景気は「わずかだが次第に上むいてきている」としている[3]。実際には 1月末の物価は 1年間で 1.3% も下落しているのに。政府がこんな認識なので、日本銀行が政策を変えたとしても、物価の回復不足を指摘されてしまうかもしれないとはいえる。

日銀は国債を買って通貨を生みだすような積極策には反対で、政策はこけおどしなものになりそうだ。昨年 12月にはじめた 3ヶ月間で 10兆円 (1000億ドル、810億ユーロ、730億ポンド)、金利 0.1% の資金供給[4] を拡大するのが、彼らにとっては当然の選択であろう。しかし、無担保コールレート(オーバーナイト物) を 0.1% からさらにゼロに引きさげるなど、他にも選択肢はある[5]。

日本銀行は 3ヶ月間の資金供給を 20兆円にまで増やしてもよいし、その返済期日を 3ヶ月から 6ヶ月にのばしてもよい[6]。中期金利とオーバー・ナイト金利を押しさげるのが目的である。これらの金利をさげ、安く借り入れができるようにして経済を刺激するのだ。

しかしこのような政策には限界もある。3ヶ月や 6ヶ月の日本国債の金利 (利回り) はすでに 0.12 ~ 0.13% の低さになっているからだ[7]。

それに、これらの国債の金利を 0.1% にまでさげたとしても、その差はわずかだ。銀行からの融資がほしいという需要もまだ少ない。さらには、たとえ銀行が低い金利で安く資金調達できても、それを貸し出せる先がない可能性もある。

このような政策が機能するのは、日銀が無担保コールレートを「より長いあいだ、かつより低く」してくれるはず、と市場が信じているあいだだ。もし市場がそう信じてくれれば、イールド・カーブ (利回り曲線) 全体を引きさげることができるはずである。

欧米の金利が上がりはじめても、日本の金利が低いままなら円安になる。そうなれば輸出は有利になって、日本が輸出主導で回復する、より大きな起爆剤となってくれるだろう。

訳注 1: 日銀さん墓穴を掘ってるんじゃないの? というロビンさんの老婆心ですかね。

訳注 2: 野田氏のセリフの部分の原文は、"I can't observe any moves now that would show much change in the pace of price falls from my forecast in January"。ロイターの記事には、"野田委員は、個人的見方として「1月に私が想定した物価下落幅について、ここにきて、大きいとか、小さいとかはっきり言うほどの動きは観察できていない」としたうえで「1月、2月の決定会合での政策運営方針を、現時点で何か変えなくてはいけないということは一切ない」と述べた。"とある。FTのこの記事は、ロイターの記事をふくらませただけな感じ。ロイターの記事でも文中に出てるターム物についてもふれているし。

訳注 3: 『内閣府月例経済報告、平成22年3月』 (PDF直リンク) より引用すると、「景気は、 着実に持ち直してきているが、 なお自律性は弱く、失業率が高水準にあるなど厳しい状況にある。」平成22年3月15日発表。←ふーん... そしてそれに対する日経の記事はこちらから (Google の検索結果) → 『「景気、着実に持ち直し」 月例経済報告、8カ月ぶり上方修正』

訳注 4: 日銀より、12月2日付 『総裁記者会見要旨』 (PDF直リンク)

訳注 5: 無担保コ-ルレートは日本銀行の政策金利。参考: 「無担保コールオーバーナイト物」 by 野村證券など。ググってね。

訳注 6: 参考: 「コール市場」 by 『よくわかる! 金融用語辞典』。『金利の変動要因』 (PDF直リンク、拾っただけでまだ読んでない...)

訳注 7: risk-free rate = 国債の金利とした。たぶん、ここの「割引短期国債」の金利 (利回り) のこと。「日本の金利について調べる」 by 国会図書館 ← 勉強になりました...

20100305

ブランシャールほか 『 マクロ経済政策再考』より 「I. はじめに」と「II. われわれが知っていると思っていたこと。」

IMF の『Rethinking Macroeconomic Policy』(PDF直リンク,19頁,206KB) から「II. What we thought we knew」 を抜粋して訳しました。

まず感謝の言葉を。そもそものきっかけを頂いた田中秀臣さんと night_in_tunisia さんに。大変お待たせして恐縮です。そして、実際に同じペーパーの 「IV. Implications for the Design of Policy」 をすばやく訳出した矢野さん、同じ翻訳でも別の切り口でせまった飯田さんからは、記事を通して訳語や言いまわしのアイディアをいただきました。また Twitter でポイントを示してくれた hicksian さん、このペーパーをネタにやりとりしていた皆さんにも感謝。同じく参考にさせていただきました。

以下に示した目次からわかるように、各章の A ~ F が対応しています。田中さんの『ベン・バーナンキ 世界経済の新皇帝』(講談社、2006年) とあわせて読むと幸せになれると思います。

誤訳は僕の責任です。読んでいただければ分かるとおり経済学については初心者。そのため、傾向としては、かみ砕く過程で誤ることがありそう。それもまた僕の力不足。自己責任でご利用くださいませ。

最後に、僕が「どひぇ~やっちまったべ...」と思っている時に、淡々と、いつものように「くだらないこと/くだること」を僕の TL に流してくれた数人の方々にとくに感謝したいと思います。今後もよろしく(笑)

以下に関連リンクを。


マクロ経済政策再考

Olivier Blanchard, Giovanni Dell'Ariccia, and Paolo Mauro

マクロ経済学者や政策担当者は「Great Moderation」[1] によって安心し、自分たちはマクロ経済政策の使い方を知っているのだと思ってしまうことになった。今回の危機の発生によって、われわれが自分たちの考えを問い直さねばならないことははっきりしている。本稿において、われわれは危機以前のコンセンサスの主なポイントをふり返っている。われわれのどこが間違っていたのか、危機前の枠組みについての見解のうちどれがいまだに有効なのかを整理していく。そして最後に、今後のマクロ経済政策の新しい枠組みについて、その輪郭を描いてみることにする。

Contents

  • I. Introduction
  • II. What We Thought We Knew
    • A. One Target: Stable Inflation
    • B. Low Inflation
    • C. One Instrument: The Policy Rate
    • D. A Limited Role for Fiscal Policy
    • E. Financial Regulation: Not a Macroeconomic Policy Tool
    • F. The Great Moderation
  • III. What We Have Learned from the Crisis
    • A. Stable Inflation May Be Necessary, but Is Not Sufficient
    • B. Low Inflation Limits the Scope of Monetary Policy in Deflationary Recessions
    • C. Financial Intermediation Matters
    • D. Countercyclical Fiscal Policy Is an Important Tool
    • E. Regulation Is Not Macroeconomically Neutral
    • F. Reinterpreting the Great Moderation
  • IV. Implications for the Design of Policy
    • A. Should the Inflation Target Be Raised?
    • B. Combining Monetary and Regulatory Policy
    • C. Inflation Targeting and Foreign Exchange Intervention
    • D. Providing Liquidity More Broadly
    • E. Creating More Fiscal Space in Good Times
    • F. Designing Better Automatic Fiscal Stabilizers
  • V. Conclusions

  • References



I. はじめに

1980 年代初め以降、景気の循環的な変動[2] が穏やかになっている。そのため、マクロ経済学者や政策立案者たちは、ついつい自分たちがそれに大きく貢献していると考えてしまいがちだったし、自分たちはマクロ経済政策をどう行なえばよいかわかっていると結論づけてしまいそうにもなった。われわれはその誘惑を否定はしない。いずれにせよ、今回の危機によって、われわれがそのような自己評価に疑問を持たざるを得なくなっているのは明らかなのだ。

その疑問がまさに本稿のテーマである。3 段階に分けて論じていこう。まずはじめに、「自分たちにはわかっている」とわれわれが思っていたことについて。次に、それのどこが間違っていたか。最後に、3 つのうちで最も不確かな、新しいマクロ経済政策の枠組みの青写真について論じてみよう。

本論に入る前にまず注意点を。本稿は一般原則に焦点をあわせて論じている。これらの原則を特定の政策アドバイスとして翻訳し、先進国や新興国、そして開発途上国むけに仕立てていくのは今後の課題だ。また、本稿は今回の危機による幾つかの大きな問題にはほとんどふれていない。国際通貨制度の成りたち[3] や金融規制とその監督のしくみ全体などがそれだ。これらについては本稿で取りあげる課題に直接関わる範囲でふれるにとどめた。

II. われわれが知っていると思っていたこと。

まず全体を簡単に描き出してみよう (より細かな差異については後述する)。: 通貨政策の目標はインフレーションで、そのツールが政策金利というように、われわれは単純化して考えていた。インフレが安定している限り産出量ギャップは小幅で安定し、その状況では通貨政策がうまく機能するだろうと見込んでいたのだ。一方で、財政政策は政治的にかなり制限のある本来の有用性を発揮できない補助的なもの、金融規制にいたってはマクロ経済政策の枠外のものとしてしまっていた。

正直なところ、このような見方は研究者に多かった。政策当局者はもっと実際的な人たちである。しかしともかく、政策は多くの人の合意にしたがって立案されていたし、制度設計にしてもそれは同じだった。そこで重要な役割を果たしていたのは人々のコンセンサスである。そして、われわれは上に述べたような考えを徐々に増幅させ、変調させていくことになる。

A. ひとつの目標: 安定したインフレーション

中央銀行の使命に反しない範囲で、低率かつ安定したインフレが一番の目標にすえられた。これはひとつには、経済活動よりインフレを重視したいという中央銀行幹部の世間体[4]の問題だった (当初、彼らは 1970 年代の高いインフレ率を下げたいと望んでもいたのだ)。そして同時に、専門家がニュー・ケインジアンモデルによるインフレ目標政策を支持していたことにもよる。標準的なニュー・ケインジアンモデルによると、インフレの継続は実によい政策なのだ。このモデルでは、インフレを継続させて産出量ギャップをゼロに近づければ、不完全な市場で行なわれる経済活動の産出をもっともうまく引き出せる[5]ことになっている。産出量ギャップとは、名目硬直性がないときにみられる産出レベルからとの差として定義されるものだ (Blanchard and Gali, 2007) [6] 。

中央銀行が自らへの信任を重視し、インフレ目標政策はニュー・ケインジアンモデルによって裏づけられていた。このふたつのめぐり合わせは天啓だ (そう呼ばれてもいる)。しかし、それが暗示していたのは、たとえ政策当局が十分経済活動に配慮しても、可能なのは、せいぜい安定したインフレの維持くらいだということ。経済が「アニマル・スピリッツ」に影響されていようが、消費者の選択にショックを与えるような出来事や衝撃的な技術革新に影響されようが、はたまた原油価格の変化に影響されようが、政策はこのふたつに照らしあわせて考えられることになった。市場がより不完全になり標準的な状況から離れるにつれ、この組みあわせによる政策はうまく行かなくなった。しかし、そこにあったメッセージだけは残った。それがつまり、安定したインフレ状態はそれ自体には問題がなく[7] 、経済活動にとってもよいものなのだというメッセージである。

しかし、実際に中央銀行が行なったことをみればこのような言い方は言いすぎだろう。インフレだけを気にする中央銀行などほとんどなかったと言ってよい。中央銀行の多くは「柔軟なインフレ目標」を採用していたのである。使われていたインフレの安定目標は、その数字を何が何でも守るというものではなく、インフレ率をあるレベル以上に維持する際の基準として扱われるものだった。多くの中央銀行は、原油価格高騰などによる参照インフレ値[8] の変動を考慮していたし、インフレ予想が大きくぶれないよう備えてもいたのである。

B. 穏やかなインフレーション[9]

やがて、インフレーションは安定すべきだけでなく、値もかなり低くあるべきだというコンセンサスが広まった (多くの中央銀行が選んだ数字は 2% 近辺だった。Romer and Romer, 2002.) 。同時に、流動性の罠におちいる可能性があるのに低いインフレ率を採用するのはいかがなものか、という議論もおきた。平均インフレ率を低くすると、短期名目金利の平均も低くなる[10] 。そして、名目金利がゼロに近くなれば、金利の下がる余地はだんだん減っていく。金利にそれ以上下がる余地があまりなくなっていくということだ。これはつまり、景気の足を引っぱる出来事がおきても、通貨政策を使ってインフレをおこす余地が小さくなってしまうということでもある。これが流動性の罠と呼ばれるものだ[11] 。ところが低いインフレ率の危険性は小さいとみなされた。これは次のような論理による[12] 。いま仮に、中央銀行がマネーの名目成長率を高く保つと確約できたとする。つまり、中央銀行が将来的にインフレ率を高めると宣言し、それにしたがってきちんと手を打つことを信用してもらえたらどうなるだろうか。この場合、中央銀行は将来的にインフレ率が上がりそうだという人々の予想を高められる。人々のインフレ予想が高まれば将来の実質金利は下がるので、現在の経済活動を活性化できることになる (Eggertsson and Woodford, 2003.)。経済に大きなショックがなければ、2% のインフレ率は緩衝材として十分そうだし、名目金利がゼロより低くなれない問題[13] を気にしなくてもよさそうに思われた。こうして、中央銀行のコミットメントの重要性と彼らが人々のインフレ予想に働きかける能力は特に重視されるようになったのである。

「大恐慌」の際におきた流動性の罠では、激しいデフレーションと低い名目金利が結びついていた。それは歴史上のお話のように思えたし、今なら避けられる類の政策の誤りのせいでもあった。われわれの行く手には、'90年代の日本のデフレやゼロ金利、長びく景気低迷が不穏な感じで立ちふさがっていた。しかしその日本の状況は、日本の中央銀行が将来のマネーの成長やインフレ率にコミットする能力に欠けていたか、もしくは彼らがそうしたがらなかったのが問題で、その上さらに他の面の改善が遅れがあわさっただけだ。(公平を期すためにつけ加えるなら、アメリカ連邦準備銀行も 2000 年代初頭には日本銀行同様デフレのリスクを心配していたし、彼らが日本の経験に学んだのも確かである。Bernanke, Reinhart, and Sack, 2004. 参照。) [14] [15]

C. ひとつの政策ツール: The 政策金利

通貨政策はだんだんひとつの政策ツールを集中して使うようになった。政策金利、つまり中央銀行がしかるべき公開市場操作によって直接コントロールできる短期金利がそれである。中央銀行がこの政策ツールを選んだ背景には仮定がふたつあった。ひとつめは、通貨政策の実際の効果は金利と資産価格を通じてあらわれ、通貨供給量に直接影響を与えることによってではまったくないのだという点 (例外は、欧州中央銀行の「ふたつの柱」政策だ[16] 。欧州中銀は経済に存在する信用の量に直接注目している。この政策は十分な理論的根拠がない、と馬鹿にされることも多いのだが)。ふたつめの仮定は、金利と資産価格はすべて裁定取引[17] によってリンクしているというもの。そのため、長期金利は適切に重みづけされたリスク調整済みの将来の平均短期金利によって、資産価格はファンダメンタルズ - リスク調整され割引かれた現在の資産価格 - によって決まることになる [18] 。

この仮定にしたがうなら、通貨政策は現在と将来の短期金利の予想に影響を与えるだけでよいことになる。他の金利や価格はすべてそれについてくるからだ。そしてそれを実施するには、暗示的・明示的に、透明性があって予測可能なルールを使えばよい (そのため、透明性や予測可能性がこの20年間の通貨政策のメインテーマだった)。例えば、アメリカ連邦準備銀行の政策を説明するテイラー・ルールでは、現状の経済環境の関数によって政策金利を計算している [19]。短期・長期両方の社債市場のように、一度にひとつ以上の市場に介入しようとすると、重複してしまったり矛盾してしまったりするものなのである。

これらの仮定がなりたっていると、金融の仲介活動のこまごまとした部分はほとんど重要でなくなってしまう。しかし銀行 (特に商業銀行) は例外で、ふたつの点で特殊だとされた。まず 1 点目 - これは通貨政策の運営からというより理論的な文献においてだが - は、銀行の信用は特殊で他のタイプの信用で置き換えられないように思えた。これによって「信用経路 (信用チャンネル) [20] 」の重要性が浮き彫りになった。信用経路という考えのもとでは、通貨政策は準備金の量から銀行の信用を通じて経済に影響を与える。銀行の特殊性の 2 点目は流動性の置き換えにかかわっていた。当座預金は銀行の負債として、融資は銀行の資産として捉えることができる。したがって、これらは取りつけ騒ぎ [21] の問題をはらんでもいる。そのため、政府による預金の保証や、中央銀行の昔からの最後の貸し手としての役割が十分な根拠を持つことになった。こうして、銀行に対する規制や監督を正当化するような政策決定上のゆがみが生じた。結果として、マクロ経済レベルでみた金融システムの残りの部分には、あまり注意が払われなくなってしまったのである。

D. 財政政策の役割の限界

「大恐慌」の後遺症やケインズの影響によって、財政政策は - おそらく代表的な -マクロ経済政策のツールだと考えられてきた。1960年代から1970年代には財政政策と通貨政策の序列はほぼ同じだった。このふたつのツールはそれぞれ -内向きと外向きのバランスという - 別々の目標を目指しているだけのようにみえた。しかし、この 20 年間は財政政策が通貨政策のカゲにかくれてしまっていた。それにはたくさんの理由がある。まず、財政政策の効果に広く疑念が持たれていたこと。リカードの中立命題がその根拠だった [22] 。2 つめは、もし通貨政策によって安定した産出量ギャップを保てるなら、財政政策のような他の政策ツールを使う必要はあまりないのではないかということ。この文脈では、財政政策を使って景気循環を調整しなくてもよくなったのは、金融市場が発展して通貨政策がよく効くようになってきたからかもしれないということになる。3 番目は、先進国が優先するのは、財政赤字を安定させ、できるかぎりそれを減らすことだということ。先進国は多額の財政赤字を抱えているのが普通だ。新興国ではどうかというと、新興国では国内社債市場がまだ未発達で、景気循環を押しとどめるような政策 [23] の余地がどうしても小さくなってしまうのである。4 番目はタイムラグの問題。財政政策を立案してから実施するまでにはタイムラグがある。短期の景気後退に対して財政的な対策をとっても、手遅れになる可能性があるのだ。最後の 5 番目の理由は、財政政策というものは金融政策よりずっと政治的な制限を受けやすいというものだ。

自由裁量な財政政策を、景気循環にブレーキをかけるための政策ツールとして用いることへの拒否感は、とくに専門家のあいだで強かった。しかし、通貨政策と同じで、この言い方は実際に適用された政策をうまく表してはいなかったろう。例えば、1990 年代初頭の危機的状況で日本が財政政策を使ったように、政府の財政出動は深刻な経済ショックに対しては一般的だった。それに、政策当局は「通常の景気後退」期においてさえ、自由裁量な財政刺激策に頼りがちなのものである。このような当局のスタンスは、新興国市場でも - 実践的には分かりにくくはなるものの - 原則的には望ましいものと思われていた。新興国市場では自動安定化機構が未発達だからである。しかし、経済の急成長期に激しい財政慎重論が唱えられることからもわかるように、新興国市場にとってさえ、中期的な政策方針についてのコンセンサスは、自動安定化機能を強化し、自由裁量な財政出動を遠ざけておくことだったのである。

こうして、政策当局の関心の第 1 は財政赤字をいつまで維持できるかということと、それを実現する財政的なルールはどのようなものか、ということに絞られた。先進国の政策当局は、長期的視野に立って、せまりくる高齢化問題が財政にあたえる影響を考えねばならなかった。一方、新興国が注目したのは債務危機の可能性を減らすこと、そして景気循環を促進してしまう財政政策 [24] を抑制できるような制度を用意することであった。新興国はこうしてバブル発生とその破裂というサイクルを避けようとしたのである。自動安定化機構はなすがまま - あくまでそれを融資できるような国々にとってはということだが - であったし、それは財政の持続性とも矛盾しなかったのである。実際、国家経済が発展して政府支出が GDP に占める割合が増えるにつれ (ワグナーの法則)、自動安定化機構の役割も大きくなった。矛盾するようだが、従来の安定化機構も受容できるものとされ、どちらがよりよい仕組みなのかについてはあまり注意が払われなかった。

E. 金融規制: マクロ経済政策の政策ツールではないもの。

C の第 3 パラグラフで述べたように、金融仲介業のマクロ経済の中心としての性質が軽視され、金融規制や監督においては個々の企業や市場が重視された。さらに、個々の企業や市場がマクロ経済レベルでどう関わりあっているかもほとんど無視されてしまっており、金融規制は各企業の健全性や市場の失敗を正すことを目標に定められた。市場の失敗は情報の非対称性や有限責任の存在、また直接・間接の政府保証のような不完全さによって発生する現象だ。先進国はシステム内の密接な関係やマクロ経済レベルでの関係を無視してしまったのだ。しかし、新興国にはこれが当てはまらない国もあった。そのような国では、為替の変動に制限が設けられるなど、マクロ経済の安定のためにプルーデンシャルな[25] ルールが定められていた (このような国では、為替の変動だけでなく外貨建ての融資が完全に禁止されることもあった)。

自己資本比率や融資比率 [26] の規制は、循環要因をコントロールする政策ツールとしては、あまり考慮されなかった (注目すべき例外はスペインとコロンビアで、事実上、この 2 ヶ国は信用の成長にしたがって準備金 (引当金) を変化させていた。Caruana 2005 参照)。金融規制の自由化の波が押し寄せていたが、循環要因をコントロールする目的でプルーデンシャルなルールを使うのは、信用市場の機能に関わるため不適切だと考えられた。

F. The Great Moderation - 長く平穏な時代 -

こうして築かれたマクロレベルの枠組みは首尾一貫しており、しだいに信任も厚くなっていった。これが「Great Moderation」によって強化されていたのは間違いない。「Great Moderation」とは、先進国のほとんどで GDP やインフレ率の変化がしだいに小さくなる現象が見られる時期のことである。ただ、この現象が始まったのはもっと前で 1970年代だけが違ったとみるべきなのか、それとも本当に 1980年代初めの通貨政策の変更ではじまった現象なのかは、まだどちらとも言えない (Blanchard and Simon 2001、Stock and Watson 2002 参照)。他にも曖昧な点はある。「Great Moderation」期に見られる変動幅の減少が、たまたま経済的なショックが小さかったせいによるのがどれくらいで、構造改革の影響はどれくらいなのか、さらには政策改善の影響はどれくらいなのかが、よくわかっていないのだ。在庫管理システムの改善やたまたまおきた急速な生産性の成長、そして中国とインドの世界貿易への参入[27] が何らかの影響を与えていると思われる。とはいうものの、先進国でみられた現象は 1970 年代と 2000 年代の原油価格高騰によく似ており、「Great Moderation」が政策改善によるものだという説を裏づけている。また、「Great Moderation」がインフレ予想とより緊密に連動しているというデータも存在する。これらを根拠に、経済へのショックの緩和に政策改善が重要な役割を果たしたと考え、それは中央銀行がより明確なシグナルを出して行動してきたせいだと考えてもおかしくはない。さらに、中央銀行は 1987 年の株式市場崩壊や LTCM の破綻、IT バブル [28] の破裂をうまく処理した。これらによって、通貨政策は資産バブル崩壊が金融に与える影響もうまく扱えるのだという見方が補強されてきたといえる。

こうして 2000 年代中盤まで、もっとよいマクロ経済政策が実施できると考える理由は特になかった。そして実際、経済をさらに安定させるような政策も実施されなかった。そこに今回の危機がやってきたのである。

訳注 1: 1980年代初初頭から現在までの GDP やインフレ率の変動幅が小さくなっている時代。詳細は下記参照。VOX は短編。後者は「Great Moderation」の名づけ親さんたちの論文(48頁)。

  • Olivier Coibion, Yuriy Gorodnichenko 『Does the Great Recession really mean the end of the Great Moderation?』 VOX 16 January 2010.
  • James H. Stock, Mark W. Watson 『Has the Business Cycle Changed? Evidence and Explanations』 August 2003.

訳注 2: cyclical fluctuations

訳注 3: the organization of the international monetary system

訳注 4: reputational need (of central bankers). (中央銀行幹部の) 信用、信頼性のほうがふさわしいかも。

訳注 5: the best possible outcome. ニュー・ケインジアンモデルについては、田中秀臣『ベン・バーナンキ 世界経済の新皇帝』 (講談社 2006. 以下、田中 2006 と略記) p.91あたりなど。

訳注 6: 田中 2006. pp.88 - 90.

訳注 7: "...inflation is good in itself" good = 「問題のないもの」とした。

訳注 8: headline inflation.

訳注 9: Low Inflation. いわゆる「マイルドインフレ」のことかな。

訳注 10: このあたりはフィッシャー効果 (名目金利=実質金利+期待インフレ率) が念頭にあるのだろう。

訳注 11: 「流動性の罠」についてもっと詳しく知りたければ、山形さんによるクルーグマンの『Japan's Trap』の邦訳、『日本がはまった罠』 や『FURTHER NOTES ON JAPAN'S LIQUIDITY TRAP』の訳、『日本の流動性トラップについて:追記』を参照。

訳注 12: formal argument. 以下に、ブランシャールのインタビューから同じ内容を言いかえた部分を訳しておく。

IMF survey online: Central banks have chosen low inflation targets, around 2 percent. In your paper, you argue that maybe we should revisit this target. Why?

IMF サーベイ・オンライン: 中央銀行は 2% 近辺の低いインフレ率を採用しています。今回の論文で、ブランシャールさんはこの値を考え直すべきかもしれないとおっしゃっています。その理由を教えてください。

Blanchard: The crisis has shown that interest rates can actually hit the zero level, and when this happens it is a severe constraint on monetary policy that ties your hands during times of trouble.

ブランシャール: 今回の危機によって、金利が底を打ち、実際にゼロになってしまいかねないことが分かりました。こうなってしまうと、通貨政策が厳しく制限され、問題が起きている時に打つ手がなくなってしまいます。

As a matter of logic, higher average inflation and thus higher average nominal interest rates before the crisis would have given more room for monetary policy to be eased during the crisis and would have resulted in less deterioration of fiscal positions. What we need to think about now if whether this could justify setting a higher inflation target in the future.

論理的に言うと、もし危機前の平均インフレ率が高く、したがって名目金利の平均も高かったなら、通貨政策を使って今回の危機を緩和する余地はもっとあったでしょう。また、財政状況 (finacial position) の悪化もそうひどくはならなかったでしょう。今、考えなければならないのは、このような話が、今後の目標インフレ率引き上げの十分な根拠になるかどうかです。

訳注 13: the zero lower bound. いわゆる「名目金利の非負制約」。

訳注 14: つまり、日銀と FRB はともにデフレのリスクに直面し、日本は失敗したものの、その経験は FRB によって活かされた...ということ。だから OK ってわけでは全然ないのは、僕らが一番よく知っているはず。

訳注 15: 2000年代初頭の FRB については、田中 2006. p. 85 あたり参照。

訳注 16: "two-pillar" policy of ECB.

訳注 17: arbitrage.

訳注 18: 原文は「So that long rates were given by proper weighted averages of risk-adjusted future short rates, and asset prices by fundamentals, the risk-adjusted present discounted value of payments on the asset.」

訳注 19: テイラー・ルールは実際の FRB の行動から導きだされた関係で、必ずしも FRB がこれに拘束されているわけではないことに注意。その最も古典的な形は「産出量ギャップ=潜在産出量-現実の産出量・潜在産出量」で表せるとのこと。田中 2006. p.80、pp.162-165 参照。

訳注 20: credit channel.

訳注 21: 銀行の信用に対する不安の問題。詳しくはググって頂戴。

訳注 22: 原文は「first was wide skepticism about the effects of fiscal policy, itself largely based on Ricardian equivalence arguments.」

訳注 23: countercyclical policy tool. 反循環的な政策ツール。

訳注 24: procyclic/procyclical fiscal policy. 「順景気循環的な財政政策」。もともと存在する景気循環をさらに後押しするような効果のある財政政策。参考: あずさ監査法人 http://www.azusa.or.jp/b_info/keyword/pro-cyclicality.html 具体的にはどのようなものが想定できるだろう?

訳注 25: prudential. 研究社リーダーズには、「慎重な、細心な; 分別のある、万全を期する。(商取引などで) 自由裁量の権限をもつ」とある。

訳注 26: loan-to-value raitio.

訳注 27: the trade integration of China and India.

訳注 28: Long-Term Capital Management. ヘッジファンド。原文では「the tech bubble」だが、たぶん 1987 年頃の IT バブルのこと。

訳注 :

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インフレ目標2%を断行せよ