20100130

FT論説 - デフレーションにはまっている日本のとある一日。

テミンさんの本ばかり読んでいるので、英語がご無沙汰... というわけで、こっそりと。

原文はこちら


デフレーションにはまっている日本のとある一日。

January29, 2010 10:38am by RobinHarding

今日、日本の"コアコア"消費者物価指数が発表された。コアコア消費者物価指数は食料とエネルギー関連物価をのぞいた物価指数だ。日本の12月のコアコア消費者物価指数は前年比 マイナス 1.2%、1971年以来最大の下げ幅である。日本の政治経済界でデフレーションの議論が盛んだった 2001年当時より悪化した数字だ。

ところが、東京のエコノミストたちはこれに無関心なようである。日本銀行の火曜日の会合でもたいしたことは言われていない。日本銀行自身が 2010年と 2011年にもデフレーションが居つくだろうと予測しているにも関わらず、である。大臣から日本銀行への働きかけは形だけで、2001年から続けられてはいるものの、日本銀行への圧力にはまったくなっていないと専門家は言う。

本誌名物の「Lex コラム」は、水曜版で自信たっぷりに次のように書いている。(訳注: 該当する「Lex コラム」はこちら。「Lex column」は Jo Johnson が編集担当。)

「さらに、データは日本銀行のさらなる金融緩和の十分な根拠にもならない。デフレーション(訳注: 日銀の英文統計レポート、PDF直リンク)は改善していないが、悪化してもいない。円相場もまだ本当に危機的なわけでもない...(中略)...白川氏がまだ強硬なのはもっともである。」

驚きましたね... デフレーションは日本経済に10年も毒を盛りつづけてきた。今回、コアコア消費者物価指数の下げ幅は記録更新している。もちろん、物価の下落幅はエネルギー価格の値上がりで緩和されるだろうが、人々はこの状況に頭を悩ますべきだ。物価はただただ下がりつづけ、これ以上ひどくなりようがないところまできている。デフレ期待がしっかり根を張ってしまえば抜けだすことはほぼ不可能になってしまう。

議論が盛んかどうかは別にして、極端な金融政策に反対意見があるのは理解できる。しかし、デフレーション(もしくは、そのようなもの)が10年以上続いたにも関わらず、まだこのような意見があること自体、日本や日本銀行がいかに物価の下落を成りゆきまかせにし、ほとんど対処してこなかったかを示しているように私には見えるのだ。(政策的)態度がこんなでは、デフレーションに終わりがくるなどと楽観的になれるはずもない。「期待」が経済に果たす役割は大きい。人々が楽観的になれなければ、デフレーションも終わらないだろう。

20100121

FT論説 - イギリスのインフレ警報に騙されてはいけない。

イギリスでインフレ率が上がってきました。ハイパーインフレになるんですかねw この記事は、そういう人たちへの苦言でありクギを刺すような内容です。

文中に登場するキング総裁の言葉、「ディスコ...云々」は「Speech by the Governor, Mervyn King(To the University of Exeter Business Leaders’Forum)」(PDF直リンク)に納められています。僕は未読。

原文はこちら


FT論説 - イギリスのインフレ警報に騙されてはいけない。

Published January20 2010 20:16 | Last updated January20 2010 20:16

イギリスのインフレ率が予想よりずっと早く上昇してきている。消費者物価指数(前年比)は 11月の 1.9% から 12月の 2.9% へと跳ねあがった。神経質な人たちが騒いでいるが、インフレが制御不能になるという懸念にはほぼ根拠がない。イギリス経済にとっては、依然デフレと低成長のほうがずっと危険なのである。

いくぶんのインフレ率上昇は多くの人が予想していたことでもある。政府のインフレ指標は物価水準が前年からどれくらい変化したかを調べている。つまり、一年前に物価がどれくらいだったかを見て、それを今の物価と比べるわけだ。最新の数字がこのように大きく出たのは、2008年12月の特殊な状況にその多くを負っている。2008年12月の物価は、付加価値税率引き下げ・小売り業の必死の値下げ・原油価格暴落で低下していたのだ。

これらすべての揺りもどしが今きていると考えてよい。加えて、劇的なポンド安も小売価格低下の追い風になっている。今週イングランド銀行のマービン・キング総裁が講演をおこなったが、彼もこの数字を重く見てはいない。総裁はご自分の言葉を引用してこうおっしゃっている。マクロ経済データは「時代遅れのディスコダンス - 意外な向きに急に動いたほうが人を興奮させられるもの。五月蠅い騒音のおまけつき。」のようであると。

今回はディスコのビート音が特に大きくなっているのかもしれない。2.9% という数字はエコノミストが予想していた 2.6% より随分大きい数字なのだ。キング総裁の喩えがうまいかどうか判断は読者にまかせよう。しかしとにかく、彼のメッセージ全般 - あなたがお立ち台の上にいようが下にいようが - とにかく落ち着くように、というメッセージはまったく正しいのである。

物価上昇圧力が賃金に飛び火しないかぎり、やがて一時的な要素が除かれインフレ率は再びゆっくりと下がっていくだろう。本当の懸念はインフレ率が上がってこないことのほうなのだ。これはすなわち、イギリス経済にデフレ圧力が居すわってしまうことを意味するのだから。

キング総裁が指摘したように、危機がおきなければイギリスの国家収入は今より 10% 増えていたはずだ。一部は永久に失われてしまったかもしれないが、国内生産能力にはまだかなりの余裕があるのである。火曜(訳注: 2010年1月19日)発表の雇用統計は失業率の低下を示している。しかし、それとてこの見方を変えるようなものではない。その統計では被雇用者数も同時に減っているからだ。つまり、労働者は職を得て失業状態から抜けだしたわけではなく、労働力が活用されることなくすっかり放置されたままになっているということである。そしてそのような状況にもかかわらず、半年経っても職を探しつづけている人々の数はまだ増え続けている。

このような状況で、インフレを危惧するあまり、積極的な金融政策の足をひっぱるようなことは断じてしてはならない。英国債買い入れによる「量的緩和」を含め、イングランド銀行による緩和的な政策は今もまだ適切である。物価連動債と名目債の利回り格差をみると、市場は今後10年の小売価格のインフレ率を平均 3% と考えている。これまでの英国小売物価指数(RPI、訳注)を調べると RPI は CPI より 0.66% 大きい。したがって、市場の期待インフレ率はイングランド銀行のインフレ目標、CPI 成長で 2% という値に近いのである。

訳注: イギリスの消費者物価指数には CPI と RPI のふたつがある。バスケットの中味・重みづけ・対象人数・計算式などが違う。CPI は国民所得勘定から計算し RPI は数千戸の追跡データを使う。そして CPI の値は常に RPI より低く出る。国際基準に沿っているのは CPI のほう。その違いについてはイギリス統計局の「Consumer Price Indices - A Brief Guide」ページにある「Consumer Price Indices - A brief guide」というブックレット参照(24頁)。

実際、イングランド銀行の現状の計画からは量的緩和の終わりが間近であることが読みとれる。彼らが購入できる英国債の上限は2000億ポンド。その上限まであと50億ポンドしか残っていない。再度量的緩和にとり組むことを考えれば、今インフレのデマに騙されてイングランド銀行の足をひっぱるべきではない。

20100120

Great Moderation はどとめをさされたってか?

Twitter で hicksian さんが「Great Moderation、まだまだ続いてます(今後も継続しそうだよ)」とつぶやいていた。Great Moderation ってナニ? と思ったので、紹介されていた Vox の論文をチラ見してみた...

ボラティリティ? (調べる) ほーほー。Great Moderation? (また調べる) ははぁ...(笑)。グーグル先生にお伺いを立てると"The Great Moderation" は「大平穏(期)・超安定化・大いなる安定・マクロ経済の安定(Great Moderation)・大安定(化の時代)...」と訳されている。僕は「マクロ経済の安定(Great Moderation)」が親切だと思うけど、night_in_tunisia さんは「今のところ大安定期がしっくりくる」と言っている。ちなみに日銀は「大いなる安定」を使っている。皆さんはいかがでしょうか。

イメージとしては海の「大凪(おおなぎ)」がぴったり来るんだけどなぁ。あとは「間氷期」とか。もし、あなたのところに翻訳の神様が降臨してひらめいたら、こっそり教えてくださいませ。

原文は「Does the Great Recession really mean the end of the Great Moderation?」です。


今回の金融危機で Great Moderation が終わったというのは本当なんだろうか?

Olivier Coibion Yuriy Gorodnichenko
16 January2010

はたして Great Moderation は「たまたまおきたこと」だったのかな?  いやいや、金融政策がうまくインフレを手なずけたんだよ、僕らはこのコラムでそう主張するつもりだ。現在の景気後退が歴史的にみてもひどいのははっきりしてる。でも、ボラティリティは 1970 年代のレベルにはもどらない感じだ。以下ではそれについても述べていこうと思う。

「Great Moderation の原因についてはっきり知っている人はどこにもいない。金融市場がより洗練されてきたからだと言う人もいれば、FRB の叡智うんぬん...と言う者もいる。しかしだね、それがたまたまだったってことは分かってるんじゃないかね?」-ロバート・ライシュ、2008年7月15日。

Great Moderation は終わったのか?

戦後最悪の不況が目前にせまってきた時、たくさんの人が Great Resession が Great Moderation に終止符をうつぞと騒ぐようになった。Great Moderation の研究者は「たまたまだったなw」とか「グッド・ラックwww」などと嘲笑された。(訳注: 後述のように Great Moderation の原因には「たまたま運がよかっただけ」説と「よくできた政策のおかげ」説がある。で、ここでは、運がよかった="good luck" にかけて嗤っているわけです。後ろのやつは「あーあ、君これからどうすんのよ?」的に。)

Great Moderation は、とくに「よくできた政策」説をこきおろすことで劇的な終わりを迎えたようにみえる。「よくできた政策」説というのは、ポール・ヴォルカー元FRB議長の姿勢 - インフレには積極的な金融政策で対応し、インフレをおこしそうなイベントに厳しく対処したりインフレ率をしっかりコントロールしたりする - をベースに Great Moderation の原因を説明するお話だ。 (Clarida, Gali, and Gertler 2000, Boivin and Giannoni 2006, Lubik and Schorfheide 2004, and Coibion and Gorodnichenko 2009)

「今の金融政策だって上のヴォルカーの態度とそんなに変わらないんですがなにか?」

僕らが Great Moderation の終わりを主張する人に言いたいのはそういうことだ。

それはとっても誇張されているのデス(A greatly exaggerated death)

僕らが思うに、今の不況は Great Moderation の終わりなんかじゃない。たしかに景気後退はとても厳しいけれど、ボラティリティは 1970 年代に比べればかわいいもんだ。ということで図1。図1 は実質GDP成長率(四半期)を年率換算してその標準偏差をプロットしたもの。上のグラフで使ったのはこれまでの研究にあった値の5年平均、下は同じものの幾何平均に脚注のように重みづけしてある。

1990 年代のボラティリティが 1970 年代の半分くらいになっているのがはっきりわかる。これが Great Moderation。5年平均グラフ(上)にあるボラティリティの跳ねあがりは、Great Moderation 期におきた景気後退だ。今回の景気後退によるボラティリティ上昇が他より大きいのもわかるでしょう。とはいえ、現在のボラティリティもマクロ経済評論家やフィラデルフィア連銀のようなプロの予測値(2009年 12月)も 1970 年代のまだずっと下なんだけどね。

幾何平均に重みづけしたグラフ(下)をみると、ボラティリティがそのピークを過ぎたことがよーくわかる。僕らが使った重みづけは時間的に離れた期間の影響を軽くするようなもので、2009 年のボラティリティのピークがよりはっきりわかる。さらにさらに、プロの予想屋さんたちの最悪の予測でさえ、1970 年代のボラティリティに比べればずっと小さいのもよーくわかるんじゃないでしょうか。

図1. 実質GDP成長率の標準偏差(上: 重みづけなし、下: 重みづけあり)

Great Moderation の原因には「たまたま運がよかっただけ」説と「よくできた政策のおかげ」説がある。どちらも景気後退がおきないだろうなんてことはほのめかしもしてないし、それがひどい景気後退になるかもしれないなんてこともまったく言ってない。アメリカ経済は 1980 年代からつい最近まで安定していたけれど、今後はどうなんだろうか? 意外なことに、ふたつの説が描くアメリカ経済の将来はまったく違っている。「たまたま」説によると、このさきも安定するなんて可能性はほとんどない、運はつきちゃったから。逆に、「よくできた政策」説は著しく大きいボラティリティなどあり得ないと言っている。というのも、マクロ経済学者や為政者には 1970 年代の有用な教訓があるから。彼らは経済を安定させる方法についてそこから学べるというわけだ。図1 は「よくできた政策」説を裏づけているようにみえる。今回の景気後退は歴史的惨事ではあるけれど、だからといって 1970 年代のようなボラティリティが戻ってくる感じではない。今回の事件も、せいぜい穏やかな時代に嵐が激しく荒れ狂ったくらいのものだろう。

脚注

1 僕らがやった幾何平均の重みづけというのは次のようなものだ。現在値の重みづけを1とする。その前の期間 t-1 にはδの重みをつけ、そのまた前の期間 t-2 にはδ2 とやっていって、δt-19まで。δは 0.9 とした。このδ値は、短期ノイズが最少になる値と時間的に離れたデータの down weghting を均衡させるような値になっている。

20100118

プリンストン大学: ハロルド・ジェームス教授一問一答

プリンストン大学のサイトにあるハロルド・ジェームズさんの人物紹介。部分的ですが訳してみました。原文はここここ。プリンストンのサイトでホームページとして紹介されているのは、Project Syndicate のサイトhttp://www.projectsyndicate.org/series/71/description でした。

YouTubeの「A Discussion of the Global Financial Crisis」ではジェーム「ス」と聞こえたんですがどうなんでしょ...


Harold James

略歴

ハロルド・ジェームスはプリンストン大学公共政策大学院(Woodrow Wilson School)の兼任教授(訳注1)であり、経済史・財政史・ドイツ近代史の研究者である。ケンブリッジ大学に学び(Ph.D.は1982年)、1986年本学に来るまでの8年間ケンブリッジ大学ピーターハウス(訳注: カレッジのひとつ)で教官を勤めていた。彼の著作には、二大大戦のあいだにドイツでおきた不況(depression)についての『ドイツの不況』(1986)、ドイツの国民性の変化を考察した『ドイツの国民性 -1770-1990』(1989、この2冊にはドイツ語版もある)、『ブレトンウッズ以降の国際金融における協力体制』(1996)などがある。ドイツ銀行の歴史についての共著『ドイツ銀行』(1995)は1996年にフィナンシャルタイムズ・グローバル・ビジネス・ブック・アワードを受け、その後『ドイツ銀行とナチの対ユダヤ人経済戦争』(2001)を記している。彼の近著『グローバリゼーションの終焉 -大恐慌の教訓-』(2001)は、中国語・ドイツ語・ギリシャ語・日本語(訳注: 邦訳『グローバリゼーションの終焉―大恐慌からの教訓』)・韓国語・スペイン語に翻訳されている。他にも、『ヨーロッパ再興-1914から2000年まで』(2003)、『窮地にあるローマ -国際秩序はいかにして政治の帝国を築いたか』(2006)、『ファミリー・キャピタリズム -ウェンデル、ハニエルとファルクス』(2006、ドイツ語・イタリア語・中国語の版がある)などの著書がある。2004年にヘルムート・シュミット賞経済史部門、2005年にはルートヴィッヒ・エドワード賞経済書部門を受賞している。ヨーロッパ大学協会のマリー・キュリー客員教授でもある。

訳注1 joint appointment professor: 複数の勤務先を対等に勤め、給料も半額ずつ支給される。

彼の著作の書評は以下を参照のこと。

Recent Publications

  1. The End of Globalization: Lessons from the Great Depression
  2. Family Capitalism: Wendels, Haniels, Falcks, and the Continental European Model
  3. The Roman Predicament: How the Rules of International Order Create the Politics of Empire
  4. International Monetary Cooperation Since Bretton Woods
  5. # Europe Reborn: A History, 1914-2000 (Longman History of Modern Europe)

Interview

2001年、教授は刺激的なタイトルの著書『グローバリゼーションの終焉』を出版しました。まず「グローバリゼーション」とは何なのかお話いただけるでしょうか?

それを語る人がどの分野出身かによってその定義は違っています。私は経済史畑なので、私が言う「グローバリゼーション」はモノ・労働力・資本・概念が国境を越えていくことを指しています。この言葉は現代史だけで使われるのがふつうです。私たちが示そうとしてきたのは、これまでにもグローバリゼーションの流れは存在したのではないかということです。そして、誰もが知っている19世紀末から第一次世界大戦と大恐慌までの期間にみられた世界的な流れはそれだったのではないかということです。グローバリゼーションのように世界の統合をともなう流れはもっと遡れるのではないか、これまでも似たような流れはあったのに、それをせき止めるようなできごとがあって終息してしまったのではないか、と私は思っています。

著書『グローバリゼーションの終焉』の内容について教えてください。

この本には、初期のグローバリゼーションの影響を受けた世界が、第一次世界大戦と大恐慌で再分裂していくようすが記されています。この時期に生まれた世界の一体化の流れは心理的・政治的に尾をひく重要なできごとだったのだ、というのが私の主張です。これ以降、人々は経済を国際的文脈で理解しようとしなくなり、国民国家という視点でものごとを考えるようになりました。その結末が国民国家への傾斜です。私がこの本で問題にしているのは、このような揺りもどしは再び起きうるのだろうかということです。揺りもどしはあり得る、というのが私の主張です。

すると、現代のグローバリゼーションと大恐慌は根っこでつながっている?

そのとおり。大恐慌はグローバリゼーションの終わりでした。モノ・労働力・資本・概念といったグローバリゼーションに付随するものは、その恐慌がおきる前から統制の圧力にさらされていました。保護主義的な関税の導入というようなかたちでです。たとえば、1930年にはホーリー・スムート法(訳注2)がアメリカで成立しています。人と資本を制限する新しい流れがこの時期台頭してきたのです。私がこの本で強調したかったのは、大恐慌の影響がもつグローバルな側面でした。多くの歴史家がこの恐慌をアメリカの事件として扱っています。この恐慌が他国に波及したと考えること自体に抵抗があるのですね。同じように、一国の不況と危機がどのように波及するのかについても抵抗があるようです。

訳注2: 1930 年米国議会を通過, 関税をきわめて高く (税率史上最高) つり上げることを意図したもの; 諸外国の報復措置を招き, 米国の対外貿易は急激に低下, 世界的大不況を一段と悪化させた from 研究社リーダーズ)

グローバリゼーションはよいことでしょうか?

グローバリゼーション全体でみれば、それは建設的なものだというのが私の考えです。グローバリゼーションによって世界中の人が裕福になります。とくに途上国にとっては恩恵が大きいでしょう。しかしそれが先進国側としては不安と心配のもとになっているのも確かです。反NAFTAの人たちや1999年シアトルの暴力的な反WTO運動などにそれが表れていますね。今日のアメリカ国内にも、中国とインドとの競争で一次産業とサービス業の両方で職が失われているという印象論がありますし。

グローバリゼーションは「必然的で元には戻せない」と言われてきましたが。

私が警告したいと思ってきたのはまさにその考えかたです。グローバリゼーションは必然なんかではないのです。そしてこれまでもグローバリゼーションは逆行したことがあるのです。これは憂慮し懸念すべきことで、けして喜ばしいことではないと私は考えています。このまえのグローバリゼーションに終止符を打ったのは戦争と不況だったのですから。

数年前、教授は「大恐慌の危険性はこの20年でもっとも大きい」という書き出しの論説を書いてらっしゃいます。今でもそうお思いですか?

もちろん。われわれはよく分からないようなリスクを抱え込んでいます。とくに銀行は自分のバランスシートからリスクを落とすのがとても上手くなりました。経済危機がおきた時、どうリスクが分散されるかあまり分かっていないと私は考えています。国際金融システムの弱さについてわれわれが理解しているとも思いません。貿易自由化に対する反動も非常に心配ですね。

大恐慌にはどんな教訓がありますか?

教訓として重要なのは、国家がさらなる繁栄を追うような時 - 外国を犠牲に「ひとり勝ち」を試みて成功してしまうような時 - その国の政治は多くの場合うまく機能していないということ。そして結局は他の国々と同じように自国の安定も失われてしまうということです。

いまの世界秩序に対する脅威は何でしょうか?

はっきりした脅威がふたつあります。ひとつはこの50年間の貿易自由化の波が逆行してしまうこと。中国の成長に対するわれわれの反応を見てください。多くの欧米人が中国はフェアな競争をしていないと思っています。中国製品を欧米市場から減らすべきだという話もききますね。私の考えだと、もうひとつの脅威は金融上の不安定やパニックの伝播です。歴史的に見るとこの伝播によって世界の分断がはじまっています。

近著『ヨーロッパ再興 -1914年から2000年まで』(2003)ではどんなトピックが扱われているのでしょうか?

奇妙なことに20世紀ヨーロッパ史をうまく概観した本がありませんでした。教科書で論じられているのは個々のイベントで、それが大枠の話のなかでどう位置づけられるのかが抜けていました。エッセイ風の書きものを見ても、20世紀ヨーロッパ史の概説はありますが、そこではたくさんの出来事が取りこぼされていたのです。私が意図したのは明確な主張のある本です。と同時にドイツやフランスだけでなく、ポルトガル・ブルガリア・ルーマニアで何がおきていたのか見てみようと思ったのです。

その著作の概要について話していただけますか?

この本で私が書いているのは、ヨーロッパの没落と崩壊、そしてその後の再興と成長です。ほとんどの人が20世紀の前半に注目します。この時期は恐ろしいほど壮大で悲劇的だからですね。わたしもヨーロッパが復興していく様子について書いてみようと思いました。この本では収斂が大きなテーマです。東西ヨーロッパがまったく別の道を歩んできたという通説に一石を投じてみました。前世紀にはヨーロッパ風味(sence of Europe)とでもいうような共通性や特色があったように思えるのです。それと1989年以降、政治・経済・人の行いや姿勢といった点で、東西ヨーロッパがいかにすばやく統合されてきたのかも描きたかったことです。

あえて21世紀のヨーロッパの役割をお聞きしたいのですが。

現時点ではあまり楽観的になれない、というのが私の立場です。20世紀末のヨーロッパは、ある意味で1914年の状態とかなり似ているのです。政治的混乱がふたたび頭をもたげてきていますし、世界秩序に対する声も当時と似ています。ヨーロッパの政治をみると、20世紀後半より今日のほうが急進的です。これは左派右派関係ありません。また、人口動態をみてもヨーロッパは大問題を抱えています。イタリア・ドイツ・スペインでは社会を支える若者が不足しています。高齢者に対して年金(retirement)や医療保険が維持できるかどうか。他国から若者の移住をすすめないと根本的解決にはなりません。しかし移民問題はとてもデリケートで、現代の進歩に対する激しい反動の引き金をひきかねない要素ですね。

9.11 は世界秩序にどう影響するでしょうか?

われわれの抱える問題は国境をこえて繋がり相互依存するようになっています。9.11はそれを目に見えるかたちで示しました。テロリズムや感染症は、もはや一国国内にとどまることはありません。世界の繋がりを人々が感じとれば、確実に人は安全を確保しようとするでしょうし、外界とのあいだに自分たちを守ってくれる壁が必要だとも感じるようになるでしょう。グローバリゼーションを支えるモノと資本の流れはことごとく潰されてしまうかもしれません。9.11以降、モノと資本の流れを制限しようという声が非常に強くなっています。例えば、アメリカ国内の外国人は安全保障上の懸念材料です。したがってビザ制度全体がかなり厳しくなりました。また、相当数の貨物コンテナが検査抜きで国内に運びこまれているのが現状です。これはテロの可能性を考えると明らかに問題です。そうなれば、コンテナに対する規制や制限、監視強化の動きもおきるでしょう。他にも、国際テロには国境をこえたお金の流れが不可欠です。そのお金の流れを制限しようというのは当然の対応ですよね。こうなってくると、グローバリゼーションのあらゆる面が問題になってしまいます。そして過去そうであったように、グローバリゼーションに懸念をもつ人は、安全保障を盾に、この統合された世界を縮小していくことができるのではないか、と私は思っています。

20100114

二都物語: ゴナイーヴとラバディ

ハイチで地震があった。それで思い出しひっぱりだして訳しました。The Economist の元記事『A tale of two cities: Gonaives and Labadee®』がいつのまにか読めなくなっていたので、こちらにコピペしてあった文を利用。皆さんはどんな感想を持つでしょうか。僕は結構好きですけどこういうの。「とりあえず豊かになってから考えよう」的な。

Gonaive と Labadee 両方ともYouTubeにビデオがあるのでみて見るもよし。でもLabadee行ってみたいよね!


二都物語: ゴナイーヴとラバディ®

その島、この世界の外につき。

2009年2月12日

ハイチにいる。でもハイチじゃないところにいるみたいだ。

ゴナイーヴ

砂埃のたつ通りをのろのろ車がくだっていく。ゴナイーヴは貧しい町のようだ。道の際を歩く人々の流れはとぎれることもなく、一見してうちひしがれているようにも見えない。角をまがる、すると突如坂の途中の泥の壁が目に入る。ブルドーザーとダンプが大通りの泥をとりのぞき、路地では何千もの人がショベルを手に懸命に働いている。しかし泥の帝国が消える気配はいっこうにない。頭上にのしかかるような泥の壁。その縁をよじ登ると近くには家の屋根があり、一番近い十字路のあたりに目をやると、ひび割れた泥で埋まった路地がまるで腹一杯餌を喰った大蛇のようにむこうまでのびている。

少年時代、無限という考えにとらわれたのを僕は覚えている。無限に1を足したら何になるの? そう父に尋ねたものだ。そうして数学について少し学んだわけだが、足しても引いても根本的に変わらない量をイメージするのは難しいままだった。でも目の前のゴナイーヴのこれがそうみたいだ。ナントカという名の援助機関やハイチ政府が泥をかきだしている。しかし、いくら泥を町の外に運び出そうとも、まるで泥の量は変わらないみたいだ。去年の夏の終わり、4つのハリケーンが立てつづけにやってきて雨を降らせた。嵐はまず土をびしょびしょにし、やがてそれを山の麓へと押し流し、町へと、町の家の中へと土を流しこんだ。500人が亡くなり、生き残った人には泥で埋まった町が残された。

ゴナイーヴはハイチで4番目に大きな町である。約30万人が住んでいる町だ。町は川の氾濫原にあって、ほとんど完璧にまるハゲの山に囲まれている。つまりこういうことだ。数年ごとにハイチにハリケーンが上陸するたび、山から町へと土砂が流れこむ。数ヶ月もすれば泥はからからになってしまう。たくさんの人が家を掘り出して土を積みあげる。他にやる場所もないから土は通りに積んでおくことになる、そして土の山がまた高くなる。そういうことだ。たとえ話ばかりになるが - まるでそれは神話か夢が現実になったみたいに見える。

「状況は実際よくない」とワトソン・セントルイスの言葉を通訳が教えてくれる。彼は耳がほとんど聞こえない大工の友だちに会いにいくところだ。壊れたドアをなおしてもらうらしい。彼らの生活は実際よくない。それがどれくらいよくないか僕には把握しきれないくらいだ。9月の嵐がやってきた時、「われわれ近所の96人は、あの二階建ての一軒屋の上でぎゅうぎゅう詰めでやり過ごしたんです」そうセントルイスは言う。(僕にもその屋根が見えたが、そんなに広い屋根じゃなかったのは確かだ)

それからだいたい4ヶ月たったが、彼の4人の子供のうち登校しはじめたのはたった1人だけ。彼自身学校の先生だが、残りの子の学費を払う余裕はないという。- 公立学校は控えめに言っても最低限のことしか教えてくれない。ゴナイーヴでは似たような話はごろごろしている。現世の聖人たち - 例えば、空き倉庫をつかって10日で病院を設置したりする国境のない医師団のような人たち - がここで活動しているけれど、目に見える変化はわずかだ。

僕がハイチにいた頃、たくさんの国際援助機関が帰りの荷物をまとめはじめていた。緊急事態終了、この給料じゃ町の再建まではできないよ、というわけだ。とは言うものの、2004年のハリケーン・ジャンヌが被害をもたらした時から、彼らはずっと働きづめだったのだ。しかし多くの人が、またすぐ戻ってくるはめになるんじゃないかと心配してもいる。町ごと引っ越すという馬鹿げた話もきこえてくる。誰もがそんなお金は金輪際手に入らないことを知っている感じだったのに。僕らは大金持ちのドバイにいるわけじゃあ全然ない。でもドバイなら、かたちだけでも解決の糸口はあったんじゃないだろうかと思う。

行きあう要人や専門家のみんながみんな、対策はまだまだ足りないと言う。2008年、国際社会はハリケーン対策のお金を倍の8億ドルに増やした。でもそれは、2004年のジャンヌの後でたくさんのお金が汚職で消えていて、去年の災害でほとんど何も進展してないことがわかってしまったからだった。

ラバディ

ゴナイーヴとは対照的な、フロリダを思わせる土地がそこから数百km離れたところにある。馬鹿でかくてキラキラしたものがでーんと沖に浮かんでいる。豪華客船だ。僕はハイチで2番目に大きなカペイシャンから30分車で行ったところにいる。ラバディだ(詳しく言うと「Labadee®」は近所の村Labadieからきている)。ビーチにはロイヤル・カリビアン・クルーズラインの客か従業員以外は立ち入り禁止。この会社はあたりの土地をハイチ政府から借りているのだ。ビーチに上陸した客がラバディを離れることはできない。会社の保険が適用されないからだ。

ぶつかるはずのふたつの世界が、ここでは責任保険と高いフェンスで注意深くへだてられる。フェンスの内側では、水・野菜・ハンバーガーなどすべてが沖の客船から運ばれる。地域経済に貢献しているが、ただの隔離というもの以上のなにかがここにはある。ラバディを非難する人は人種差別まがいだとかいう。それは旅行者の群れがほとんど白人で、接客以外立ち入り禁止のハイチ人は色が黒いからだ。

けれど事はもっと微妙だ。サウジアラビア女性が無人の土地でしか運転を認められないようなもの。ハイチっぽくないのは確かだがここはアメリカではない。ロイヤル・カリビアンは長いあいだ「ヒスパニョーラのラバディ」と宣伝してきた。格安で第三世界のビーチを借りている事実をうやむやにしている。ただの観光客をひっかける罠。そこには国の名前も記されない。彼らのパンフレットには「ロイヤル・カリビアンのプライベートな楽園」とあるだけだ。

「ラバディ®にはスペシャルなことがたくさん。」 ウェブサイトはそう煽る。スペルを変えたインチキ商標を使うようなふざけた態度はいったん脇におくが、ラバディ®のスペシャルな点がひとつだけなのはほぼまちがいない。ラバディ®はハイチ唯一の大規模リゾート、現地に大金を落とすスペシャルな土地なのである。クルーズ会社は2050年までそこを借り、上陸する旅行者1人につき10ドル政府に払っている(客は年間50万人ほど)。国の予算のほとんどがまだ海外援助だから、これはハイチ政府にとって重要な収入になる。また、このリゾートでは約500人が働いている。多くは近所のLabadieの村人で、僕の経験だとハイチで一番裕福なのがこの村だ。

村人が世界の基準で裕福という意味じゃないのは当然だ。水道はないし道らしいものもない(交通手段は歩きかボートで湾を横切るかだ)。村の裏手にもゴミがちらばっている。それでも、君もここにくれば何かしら楽観的なものを感じられるはずだ。それは職がもたらすものだろう。村はやる気のない物憂げな土地ではない。もし村に旅行者が来るようなことがあれば、知識を得るのとひきかえに、村人は少しくらいのお金ならをだすかもしれない。

居心地の悪さを感じないようにすれば、村に出かけるのはよいことだ。「ぜひラバディ®の魂をつかんでください。」とサイトにはある。ロイヤル・カリビアンおすすめの方法は「ラバデュージー」。特製シェイクで「この世界にはない」飲みものだそうだ。まるで存在しないLabadeeの綴りそのものじゃないか...

要約: イングランド銀行ワーキングペーパー『マクロプルーデンシャルな政策の役割』

イングランド銀行のワーキングペーパー『マクロプルーデンシャルな政策の役割』です。えー、このまま放置すると"やるやる詐欺"になってしまいそう... ということで、とりいそぎ訳してあった "Executive Summary" のみ校正しました。これで勘弁してちょ。BOXとして様々な事例がグラフ満載で提示されていて、僕なんかは見るだけでお腹いっぱい。専門知識がないと読みこなせないと感じたので途中でストップしてました。素養のある方々の参考になるはずです、根拠レスですけれど(笑)

ちなみに構成は次のようになっています。それと、サマリ文中に「だろう」とか「かもしれない」が多いのは、本論のほうで詳しく論じているからだと思います。

  1. はじめに
  2. マクロプルーデンシャルな政策の目的になりそうなもの
  3. システミックな問題の原因: financial frictions and propagation channels
  4. 集合的なリスク(aggregate risk)を管理するためのツール
  5. ネットワークリスクを管理するためのツール
  6. 堅牢でマクロプルーデンシャルな枠組みを築く
  7. 実際の施策上の課題
  8. まとめ

News Release The Role of Macroprudential Policy - Discussion Paperから原文と関連講演が入手できます。


マクロプルーデンシャルな政策の役割

A Discussion Paper
November 2009

This paper was finalised on 19 November 2009.

Executive summary

世界規模の金融危機がおき、現存の金融システムを土台から変えねばならないことが明らかになった。そしていま現在、国際的な金融システム(international financial and monetary system) は再点検されているところである。プルーデンシャルな制度枠組みも、その構成がどうであれ、それがシステム全体を扱えるようあらためて方向づけしてやらなければならないだろう。そしてこの先、金融機関が破綻した場合でも、社会が背負いきれないような損失が発生しないようにしなければならない。

UK Tripartite (訳注: 英金融サービス機構・イギリス大蔵省・イングランド銀行が構成する金融システムの安定のため調整機関)や世界中の専門家同様、イングランド銀行も各レベルの議論に貢献したいと考えている。最近のイングランド銀行による講演において、われわれは金融システムの構成を再チェックする重要性や金融危機に対処し解決する枠組みの改善、法的(訳注: regulatory)枠組みの見直しについて強調してきた。なかでも重要なのは、マクロプルーデンシャルなツールで何ができるのかということである。

金融危機がおきる前、国際金融システムではレバレッジが積み上がったり流動性のミスマッチがおきたりしており、システムがマクロ経済や市場の有害な変化に対して弱くなっていた。そしてこれが、今のわれわれが抱える問題の源になっていたのである。今後大切なのは、システム全体に関わるリスク、いわゆるシステミックリスクに対処できるようプルーデンシャルな規制(訳注: regulation)をもう一度方向づけてやることだ。これがマクロプルーデンシャルな政策の役割である。本稿において、マクロプルーデンシャルなツールをどう設計しどう展開していったらよいのか、新しいアイディアを提供していくつもりだ。

マクロプルーデンシャルな政策は現在の政策枠組みに欠けている要素である。過去数10年間、マクロ経済政策と個々の金融機関の規制とはあまりにかけ離れすぎていた。マクロプルーデンシャルな政策によってシステムの回復力が強化されていて、経済に信用が潤沢に供給されていたなら、今回の危機による損害も軽減できていたであろう。

金融的な安定とは、経済全般に対して決済システムや信用供給、リスク保証などの金融サービスを安定供給していくことだと考えられている。これがあらゆるマクロプルーデンシャルな政策ツールの出発点である。例えば資産バブルを未然に防ぐというような、より野心的な目標を思い描くこともできる。マクロプルーデンシャルな政策によって信用(訳注: credit)供給の勢いをなだめ、資産バブルを牽制できることもある。しかしながら、銀行システムの規制の目標を資産バブルの阻止だけにしぼるのは非現実的だといえよう。

システミックリスクには主にふたつの源がある。ひとつは、金融関連企業を集合体として見たときの傾向である。これらの企業には、信用供給に勢いがあれば自らを過度にリスクにさらし、逆に信用が供給されなくなると過度にリスクを嫌うという強い傾向がある。一般企業や家計にも同じことがいえる。金融関連企業がこのような傾向を持ってしまう理由は様々で、破綻すると市場に甚大な被害が出るような企業を市場が抱えている、というのもその理由だ。システミックリスクのふたつめの源は、個々の銀行というものは、自らが金融ネットワークの他の部分に与える波及効果を考慮しないものだという点にある。

本稿は、現行のミクロプルーデンシャルな資本配分(訳注: prevailing microprudential capital ratios)に加え、さらに資本課徴金(capital surcharges)を課すことで、景気の上昇圧力(cyclical overexuberance)の勢いをそぐことが実際に可能なのかどうかを検討していくことにする。このような課徴金は一般的な自己資本比率(headline capital requirements)に上乗せすることもできるし、もっと細かいレベル(いわゆる特定のタイプのエクスポージャーに関する"リスクウェイト")に適用することもできる。業種別アプローチをとるなら、上昇圧力がかかっている業種に照準をあわせて課金することもできるが、政策はより複雑なものになってしまうだろう。資本に課金する際の対象レベルをどれくらい細かくするのがよいかについては、注意深い考察が必要になろう。

※訳注: 意味不明ですみません、辞書には以下のように...
exposure: 損失可能状態[度, 投資額], エクスポージャー。特定の原因・事情に基づく損失危険にさらされた資金や状態: 特に
(1) (銀行・証券会社などの顧客または国への)与信総額(約束額を含む),債権残高
(2) (為替レート変動による)外国為替エクスポージャー

信用バブル時に自己資本比率を引き上げれば、システム全体に対して自己保証システムを形成することができ、システムの周縁部で盛んにおこなわれる借入れも制限することができる。しかしここで非常に重要なのは、このメカニズムが逆方向にもつかえるということである。つまり、不況の際に自己資本比率をさげてやれば、銀行に対して貸出しのインセンティブを与えることができ、金融セクター全体の貸し渋りを減らして、景気悪化や銀行の損失をくいとめられるかもしれないのである。

資本課徴金は、上記のように信用サイクルにおけるリスクの変化に対処するのにも使えるが、それとはまた別に、個々の企業がシステミックリスクの軽減に等しく貢献するよう使うこともできるだろう。例えば、金融サービス機構が検討しているように、銀行の規模やコネクション(connectivity)、複雑さに応じて課金することもできるのだ。このようなやり方を採用すれば銀行の破綻の可能性は減り、システムを補強することができるだろう。また、これは課金される企業にバランスシート構成を変えるインセンティブを与えることでもあり、彼らの破綻がシステムに与える影響を小さくすることにもなる。

実用上の大きな問題は、上記のようなねらいを持ったマクロプルーデンシャルな制度が施行可能か否かである。資本への課徴金は基準に照らして調整しなければならないだろう。つきつめれば、分析や市場調査やモデルに基づいた判断が必要だということでもある。そのため本稿では量的・質的な指標をいくつかとりあげ、それについて概説して要約し、今後の作業が有用なものになるようにする。おもに取りあげるのは、マクロ経済的なもの、金融システム全体に関わるもの、そしてそれらの相互関係についてのものになる。

マクロプルーデンシャルなツールが、いつも変わらぬルールで設定されるようなことはありそうにない。厳しい政治的選択をするために判断が必要になるかもしれない。したがって、システムの回復や信用の状態、セクターごとの債務状況、システムへの波及効果についても評価しなければならなくなる。そのどれもが状況によって時間とともに変わっていくものだ。手にした情報には重みづけが必要であり、為政者自身このツールによって金融機関の振舞いがどう変わるのかを学び、変わっていかねばならないのである。

また、マクロプルーデンシャルな制度には透明性や説明責任、予測可能性の点で限界があるという点も重要である。マクロプルーデンシャルな政策目標や政策決定のしくみ、そして決定事項そのものについても明瞭さがもとめられる。説明責任を果たすためのしっかりしたメカニズムも必要だろう。このようなマクロプルーデンシャルな制度の持つ"限定された裁量権(constrained discretion)"という性格は、マクロ経済政策の枠組みに似ているところがある。

もうひとつ重要な課題は国際協調である。マクロプルーデンシャルな制度が完全な効果を発揮するには、緊密な国際協調が必要になることもあるだろう。しかし国際協調がなかったとしても、マクロプルーデンシャルなツールを適切に使って、国内金融セクターの回復力を強化できることに変わりはない。

本稿は、規制当局や中央銀行による既存の施策を概観することによって、実施できるマクロプルーデンシャルな政策制度としてどんなものがあり得るかまとめたものである。施策について結論づけることはないし、特定の制度を推奨するようなこともしない。これらの政策を実行に移すまでには、その準備としてまだまだ多くの作業が必要だろうから。本稿の目的はそのようなものではなく、マクロプルーデンシャルな政策について、国内外でおこなわれる今後の議論に貢献することである。われわれイングランド銀行は、ここで述べられるアイディアや分析についてのコメントや批判を歓迎する。

20100112

アダム・ポーゼン: イギリスが失われた10年を回避できたわけ。

以前訳したDailyMail誌の記事をこちらに移動。「The City Interview Monetary Policy Committee member Adam Posen "Why Britain avoided lostdecade."」


シティ街インタビュー: アダム・ポーゼンが語る、イギリスが失われた10年を回避できたわけ。

サム・フレミング、最終更新: 1:46 AM on 22nd December 2009

アダム・ポーゼンがイングランド銀行で働きはじめて3ヶ月以上も経つ。しかし、スレッドニードル通り(ロンドンの銀行街)の立派な事務所の床は、積みっぱなしの段ボールだらけのままだ。

さもありなん。ハーバード育ちの教授がイングランド銀行の金融政策委員に選ばれたのは、生涯に一度あるかないかの大惨事のまっただ中。事務所の整理整頓に頭を悩ませている場合ではないのである。

実際、歯に衣着せぬ43歳のアメリカ人は、まるで数ノットで進む政策提言量産マシーンのように働いてきた。着任初日からイギリスの金融システムの"徹底的な改革"に刈り出され、借金の8割がすでに首の回らない極小零細企業のものだという"不穏な"統計をふりかざし、強調して見せたのも彼である。

(ポーゼンさんの顔写真)

[キャプション] Plan B: ポーゼンは最悪の時期が過ぎたと信じている。けれど、彼はまだ、量的緩和が失敗した時に使う別の選択肢を見つけようとしている。

ポーゼンは彼が"プランB"とよぶ計画についても作業を進めている。イングランド銀行の量的緩和が失敗してぽしゃった時、信用の流れを回復させるような政策だ。今月はじめ、資産バブルを抑える新しい税金について彼に熱く語ってもらった。

休暇でアメリカに戻る前の18日、彼の話を聞くことができた。当局がこれまで行なってきた財政・金融的機銃掃射は、景気後退の軽減にはどうしても必要だったということである。

ポーゼンは「我々は最悪の事態を防いだんです」と90年代日本の"失われた10年"を引きあいに説明する。

「彼ら(日本人)は初期ショックに対して戦いを挑まず、減税や金融刺激策を使うこともありませんでした。我々はそれをやったし、それは機能しています。」

イングランド銀行の見通しでは今後2年はかなりしょぼいままな可能性はある。ポーゼンによると「景気過熱のシナリオより低迷のシナリオのほうがずっとイメージしやすい。」のだそうだ。

しかしながら、2000億ポンドもの現ナマが刷られたら(create)、インフレになってしまうんじゃないかと心配する人もいるだろう。そういう人は表計算ソフトを使ってもういちど考え直したほうがいい。経済指標をみれば、"インフレはほとんど起きてない"と言えるはずだ。

「インフレ期待や債券市場調査、実際の生産量が、目標から実質値で外れていくようなら、我々は行動を起こす。しかし彼ら日本人は行動を起こしていない。」 (訳注: イングランド銀行は2%のインフレ目標も設定している)

これまで、金融政策委員になったアメリカ人は DeAnne Julius(1997-2001) とポーゼンの2人しかいない。我の強いこの教授はもの言いも率直で、イングランド銀行の他のもっと寡黙な委員たちをしばしば狼狽させてきた。

だが、大蔵省が彼を採用したのは、ひとつには日本で起きた資産・金融危機について豊富な研究があったからである。このイベントはまるで2008-2009年におきた世界的な危機のゲネプロのようだった。日本が陥っているのがデフレなのは火を見るより明らかで、多くの経済学者がイギリスも同じほうに向かうのではないかと恐れた。しかしながら、今となっては、ポーゼン教授の勝ちはほぼ確実だろう。

ポーゼン曰く、

「イギリスの状況はデフレからはほど遠くて、結構なことです。」
「自画自賛ですが、我が国のインフレ率がユーロ圏やアメリカ連銀より高くなっているのは、我々がインフレ目標をより明確かつしっかりと定めていて、ゆえに他国よりデフレリスクが少ないからだと思います。実際、そこには真実がちょっとはあると思うんですが。」とも。

ポンドの下落もインフレ率の上昇を支えてきた。

「政策でコントロールする類ものではないんですが、微妙な調整のバランスの上になりたつ世界ではありますね。」

彼はそう言うけれど、金融業界を放置しておくわけにもいかないのである。ロンドンの金融街で持ちあがっている話に、規制強化とボーナスへの課税がイングランドの築いた財産を壊滅させかねないというものがある。これに対してポーゼンは冷たい。

「個人的にはそんな話はぜんぜん気になりません。金融システムを安定させるのに正しいことをする必要があるし、たとえ、その施策で金融業界の雇用や彼らの給料が減ったとしても、それは諦めるしかないこと。」
「誰だって自分の庭の芝生を踏みつけられればぶつくさ言うものです。ロンドンの高級住宅地に住むヘッジファンドマネージャが、みんなスイスのツークに引っ越していくなんて信憑性に欠ける話だし。」

さらに彼はこうもつけ加えた。

「我が国とシティとの恋路はこれまでも、いつもこんな感じでした。彼らの言い分には正当化できる部分もありますが、近代国家で終身雇用にこだわれば負け犬になってしまうものです。」

イングランド銀行の量的緩和にとって、ポーゼンは強力かつ忠実な支持者である。イングランド銀行は、英国債をピンピンの新札(fresh money)で買い、経済に活力を与えようとしている。民間債務の買取りにその多くが使われていたなら、彼にも気に入らない点があっただろう。ポーゼンによると、そこは現時点では"議論の余地がある"ものだそうだ。

「イングランド銀行が民間の債務を買取れれば、量的緩和政策は少しだけ効果を増すかもしれません。でも今のところ、我々はまだ自分たちの施策がうまく機能すると思っています。」

これをみるには企業の借入量が指標になるが、ポーゼン的にはさい先は明るいようだ。

「信用面で中小企業にかかっている負担は、通常の景気後退時と比べてそれほど酷いわけではありません。つまりこれは量的緩和が効いているとみてよいということです。」

この先、量的緩和政策が終わる時、英国債市場が"不安定"になる可能性はポーゼンも認めている。

「イングランド銀行がこの9-10ヶ月間に買取ってきた金額はたしかに巨額です。しかし、買取り停止は市場に激しく(deep and liquid)影響するものなので、仮に我々が買取りをやめるとしたら、その影響も単なる移行や推移(transitional effect)以上のものになるでしょうね。」
「それでも、英国債の需要は十分にありますよ。」と彼はつけ加える。

もちろん、政府債を消化しようという市場の意欲は、大蔵省がその(英国債発行による)巨額の借金について信憑性のある計画を立てられるかどうかで決まってくる。ポーゼンは次の政権が、それが誰であれ、正しく処理すると確信している。たとえ次の政権が保守であったとしても、彼は"楽観"している。

「実際、どこかの外国とは違って、イギリスでは成熟した政治が行なわれています。債務市場はその事実を反映して動揺していませんね。政治が信頼できるので、来年の選挙後まもなく、何らかの手だてがとられるでしょう。」

イングランド銀行は先月インフレレポートを発行した。そこでの成長見通しは、次期政権がとるであろう緊縮財政を公式には考慮していない。しかしながら、ポーゼンによると、このさき民間にかかるであろう圧力については、彼らも意識しているとのことだ。

「我々は一般家計や民間がいくらかは貯蓄を増やねばならないと思っています。」
「インフレレポートの予想には、経済全体がバランスを取りもどす動きと国民貯蓄の増加を矛盾しないよう組みこんであります。」

また彼は、

「イングランド銀行は、財政政策の内容まで含めて予測しているわけではありません。それに、財政政策が出てきて、その規模や構成がわかったからといって、イングランド銀行が予測を修正しなければならないというわけでもないでしょう。」

とも言い添えた。

彼の吸収力はまったくあなどれない。このヒゲの学徒は、近ごろ訪れたエセックスのダグナム地区が、"X Factor"(歌のオーディション番組)の最終選考に残ったステイシー・ソロモンの出身地だということも知っていたりするのだ。

ポーゼンは地元イズリントンのパブの常連客になったそうである。では最後に、数ヶ月間イギリスに住んだ経験から、我が国の将来について語ってもらうことにしよう。

「普通のイギリス人労働者にとって、70年代や60年代よりは暮らしむきがよくなっていくでしょう。ですが、この10年、15年のような暮らしは期待できないと思います。」
「ジャパニーズスタイルの失われた10年にはなりませんが、2、3年は成長が鈍化してもおかしくないと思います。」

我が国は、まだ経済的打撃から立ち直りはじめたばかりだ。たしかにその影響は多大なものである。しかしそのような中で、ポーゼンが描く将来は運がよいほうだとは思えやしないだろうか。

インフレ目標2%を断行せよ