20100108

スティグリッツ: 生きていくにはデカ過ぎる。

Project syndicate.com に掲載された、銀行規制とインセンティブの重要性についての記事の翻訳。


Too Big to Live

ジョセフ E.スティグリッツ

ある激しい議論が世界で巻きおこっている。金融システムの信頼を回復させ、しばらくのあいだ危機を防いでおくには、どんな規制が新たに必要なのだろうかという議論だ。イングランド銀行のマービン・キング総裁は、メガバンクが行う類の経済活動の制限を要求している。ゴードン・ブラウン首相にとってそれは勘弁してよという感じだが、どちらにせよ、イギリスで最初に破綻したのは500億ドルもの損失を抱えたノーザンロックで、彼らが「ごく普通の」担保つき融資を行っていた事実に変わりはない。

ブラウンの案だと、彼はこのような規制を実施しても危機の再発は防げないと思っているようだ。しかし、大きすぎて潰せない銀行の制限を要求するキング総裁のほうが正しい。アメリカやイギリスだけでなく世界中どこでも、納税者の負担の大半は大銀行に責任がある。アメリカでは今年だけで106の小銀行が倒産していった。メガバンクこそ我々にメガトン級の損失をプレゼントしてくれた張本人なのである。

今回の金融危機は、少なくとも8つの別々の失敗が互いに関連した結果だ。

  • 潰せないほど規模の大きい銀行には誤ったインセンティブがある。つまり、ギャンブルの負けを清算する(訳注: 損失補填する)のは納税者で、勝てば自分はアガリを手に席を立てるというオイシイ状況。
  • 金融機関同士の関係が複雑すぎて簡単に倒産させられない。AIG問題でアメリカ国民が払った1800億ドルはその一部でしかなく、問題の全体からすれば少額だったといえよう。
  • たとえ個々の銀行が小さくても、全体が同じモデルを使っていれば、システミックリスクは急上昇してしまう。
  • 銀行のインセンティブ構造が、目先の利益追求と過剰なリスクテイクを促すようなものになっている。
  • 自らのリスク評価において、銀行は(彼らや彼らの失敗が)他に押しつけかねない外部性というものを考慮しない。これは我々が規制を必要とする第一の理由だ。
  • 銀行によるリスク評価がまずかった。銀行が使っていたモデルは欠陥だらけだった。
  • 投資家の手にする情報は銀行よりずっと少なく、彼らはレバレッジが高すぎて危険なのを知らなかったと思われる。これが銀行に過剰なリスクを背負い込ませるような圧力になってしまった。
  • 状況を理解し、システミックリスクを増大させる行為を防ぐはずの当局が下手をうった。規制当局のモデルにも欠陥があり、そのインセンティブにも問題があった。あまりに多くの人々が規制の役割を理解していなかったし、ちゃんと規制できているという幻想に「捕らわれ」る人ばかりだった。

規制当局や監督省庁がもっと信頼できるなら、残りの問題について我々も安心だったろう。しかし、それがどちらも当てにならないとなれば、我々はなりふりかまわず問題に対処せねばならない。

規制する行為に犠牲がともなうのは当然だが、不十分な規制のしくみによる損失は桁違いに大きい。我々は金融危機を防止するという状況からほど遠く、規制強化の恩恵はどんなコスト増にもかえがたい。

キング総裁は正しいのである。銀行が大きすぎて潰せないのは、存在するには大きすぎるからなのだ。そのような大銀行が存続したいならば、いわゆる「公益事業体」のようでなければならない。つまり、大銀行には厳しい規制が加えられなければならないのである。

特筆すべきなのは、メガバンクによる営利目的の取引が金融市場をゆがめてしまうということ。納税者に損失を肩代わりさせつつやるような賭けが、一体全体認められるべきなのか? 「シナジー」なんぞ意味不明なのである。それに国民の損失を上まわるほどの利益があるとでも言うのか? 充分すぎるほど巨額の取引をしている大銀行もある(それは自己資金と顧客の資金の両方を使って行われている)が、そのような大銀行は、事実上インサイダー取引と同じくらい不公平で有利な立場にいるのだ。

メガバンクは高収益を得られるかもしれない。しかし、その犠牲になっているのは他の人々だ。これはインチキゲームだ。それも、一部のプレイヤーが他の小プレイヤーに一人勝ちするインチキゲームなのだ。アメリカやイギリスの政府保証付きCDS(クレジット・デフォルト・スワップ、信用リスクを移転する方法で金融派生商品のひとつ)を買わない者がいるとでも言うのか? メガバンクが金融市場を席巻するのは当然の成りゆきなのである。

現在、経済学者の間で合意があるのはインセンティブに問題があるという点だ。銀行に勤める人は収益を上げるほど報酬も高くなる。たとえその収益が、パフォーマンス改善(これは他よりよい仕事をしたということだ)によるものだろうと、単により大きなリスクを取った(この場合レバレッジが高くなる)だけであろうと変わりはない。

株主や投資家を騙そうが、リスクと報酬の関係を理解してなかろうが同じだ。おそらく両方ともやっているのが本当のところだろう。どちらにしても失望させられる事態である。

投資家がリスクを理解せずコーポレート・ガバナンスも存在しない状況で、銀行家が適切なインセンティブのしくみをつくりあげることはあり得ない。このような欠陥を組織レベルでも投資マネージャレベルでも正していくことがきわめて重要なのである。

これはすなわち、規模の大きすぎる(もしくは複雑すぎる)企業を解体することでもある。もしできないという企業があるなら、これらの企業に許される行為を厳しく制限し、高い税金や高い自己資本比率を課すことで、市場のゆがみを矯正していくことになる。悪魔が潜むのはもちろんその中味。大銀行は自分の負担をできるだけ軽くしようとし、納税者による損失補填から得る利益のほうが大きくなるようできることをしてくるだろう。

たとえ万が一、金融業のインセンティブのしくみを我々が完璧に修正できたとしても、それらの銀行は大きなリスクを抱えたままだ。銀行が大きくなればなるほど、そして大銀行ならではのリスクテイクを行えば行うほど、我々の経済と我々の社会に対する脅威は大きくなっていくのだから。

この話は白黒はっきりする類の問題ではない。銀行の規模を制限すればするほど、もっと余裕を持って銀行問題を考えられ、他の規制内容にも手をつけられるようになる。これがまさに、キング総裁やポール・ボルカー(訳注: 元FRB議長)、国際金融システム改革に関する国連専門家委員会(訳注: 通称スティグリッツ委員会)、そして大銀行には手綱が必要だと主張する他の多くの人々が正しい理由なのである。実現するには多角的アプローチが必要だ。特別税、自己資本比率のひき上げ、より厳しい監督、規模やリスクテイク行為の制限などがそれに該当する。

このような対策をしたとしても金融危機を防げるとは言えない。しかしその可能性は下げられるし、もし金融危機が起きても、こうすることで損失は少なくなるはずだ。

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