20100130

FT論説 - デフレーションにはまっている日本のとある一日。

テミンさんの本ばかり読んでいるので、英語がご無沙汰... というわけで、こっそりと。

原文はこちら


デフレーションにはまっている日本のとある一日。

January29, 2010 10:38am by RobinHarding

今日、日本の"コアコア"消費者物価指数が発表された。コアコア消費者物価指数は食料とエネルギー関連物価をのぞいた物価指数だ。日本の12月のコアコア消費者物価指数は前年比 マイナス 1.2%、1971年以来最大の下げ幅である。日本の政治経済界でデフレーションの議論が盛んだった 2001年当時より悪化した数字だ。

ところが、東京のエコノミストたちはこれに無関心なようである。日本銀行の火曜日の会合でもたいしたことは言われていない。日本銀行自身が 2010年と 2011年にもデフレーションが居つくだろうと予測しているにも関わらず、である。大臣から日本銀行への働きかけは形だけで、2001年から続けられてはいるものの、日本銀行への圧力にはまったくなっていないと専門家は言う。

本誌名物の「Lex コラム」は、水曜版で自信たっぷりに次のように書いている。(訳注: 該当する「Lex コラム」はこちら。「Lex column」は Jo Johnson が編集担当。)

「さらに、データは日本銀行のさらなる金融緩和の十分な根拠にもならない。デフレーション(訳注: 日銀の英文統計レポート、PDF直リンク)は改善していないが、悪化してもいない。円相場もまだ本当に危機的なわけでもない...(中略)...白川氏がまだ強硬なのはもっともである。」

驚きましたね... デフレーションは日本経済に10年も毒を盛りつづけてきた。今回、コアコア消費者物価指数の下げ幅は記録更新している。もちろん、物価の下落幅はエネルギー価格の値上がりで緩和されるだろうが、人々はこの状況に頭を悩ますべきだ。物価はただただ下がりつづけ、これ以上ひどくなりようがないところまできている。デフレ期待がしっかり根を張ってしまえば抜けだすことはほぼ不可能になってしまう。

議論が盛んかどうかは別にして、極端な金融政策に反対意見があるのは理解できる。しかし、デフレーション(もしくは、そのようなもの)が10年以上続いたにも関わらず、まだこのような意見があること自体、日本や日本銀行がいかに物価の下落を成りゆきまかせにし、ほとんど対処してこなかったかを示しているように私には見えるのだ。(政策的)態度がこんなでは、デフレーションに終わりがくるなどと楽観的になれるはずもない。「期待」が経済に果たす役割は大きい。人々が楽観的になれなければ、デフレーションも終わらないだろう。

20100121

FT論説 - イギリスのインフレ警報に騙されてはいけない。

イギリスでインフレ率が上がってきました。ハイパーインフレになるんですかねw この記事は、そういう人たちへの苦言でありクギを刺すような内容です。

文中に登場するキング総裁の言葉、「ディスコ...云々」は「Speech by the Governor, Mervyn King(To the University of Exeter Business Leaders’Forum)」(PDF直リンク)に納められています。僕は未読。

原文はこちら


FT論説 - イギリスのインフレ警報に騙されてはいけない。

Published January20 2010 20:16 | Last updated January20 2010 20:16

イギリスのインフレ率が予想よりずっと早く上昇してきている。消費者物価指数(前年比)は 11月の 1.9% から 12月の 2.9% へと跳ねあがった。神経質な人たちが騒いでいるが、インフレが制御不能になるという懸念にはほぼ根拠がない。イギリス経済にとっては、依然デフレと低成長のほうがずっと危険なのである。

いくぶんのインフレ率上昇は多くの人が予想していたことでもある。政府のインフレ指標は物価水準が前年からどれくらい変化したかを調べている。つまり、一年前に物価がどれくらいだったかを見て、それを今の物価と比べるわけだ。最新の数字がこのように大きく出たのは、2008年12月の特殊な状況にその多くを負っている。2008年12月の物価は、付加価値税率引き下げ・小売り業の必死の値下げ・原油価格暴落で低下していたのだ。

これらすべての揺りもどしが今きていると考えてよい。加えて、劇的なポンド安も小売価格低下の追い風になっている。今週イングランド銀行のマービン・キング総裁が講演をおこなったが、彼もこの数字を重く見てはいない。総裁はご自分の言葉を引用してこうおっしゃっている。マクロ経済データは「時代遅れのディスコダンス - 意外な向きに急に動いたほうが人を興奮させられるもの。五月蠅い騒音のおまけつき。」のようであると。

今回はディスコのビート音が特に大きくなっているのかもしれない。2.9% という数字はエコノミストが予想していた 2.6% より随分大きい数字なのだ。キング総裁の喩えがうまいかどうか判断は読者にまかせよう。しかしとにかく、彼のメッセージ全般 - あなたがお立ち台の上にいようが下にいようが - とにかく落ち着くように、というメッセージはまったく正しいのである。

物価上昇圧力が賃金に飛び火しないかぎり、やがて一時的な要素が除かれインフレ率は再びゆっくりと下がっていくだろう。本当の懸念はインフレ率が上がってこないことのほうなのだ。これはすなわち、イギリス経済にデフレ圧力が居すわってしまうことを意味するのだから。

キング総裁が指摘したように、危機がおきなければイギリスの国家収入は今より 10% 増えていたはずだ。一部は永久に失われてしまったかもしれないが、国内生産能力にはまだかなりの余裕があるのである。火曜(訳注: 2010年1月19日)発表の雇用統計は失業率の低下を示している。しかし、それとてこの見方を変えるようなものではない。その統計では被雇用者数も同時に減っているからだ。つまり、労働者は職を得て失業状態から抜けだしたわけではなく、労働力が活用されることなくすっかり放置されたままになっているということである。そしてそのような状況にもかかわらず、半年経っても職を探しつづけている人々の数はまだ増え続けている。

このような状況で、インフレを危惧するあまり、積極的な金融政策の足をひっぱるようなことは断じてしてはならない。英国債買い入れによる「量的緩和」を含め、イングランド銀行による緩和的な政策は今もまだ適切である。物価連動債と名目債の利回り格差をみると、市場は今後10年の小売価格のインフレ率を平均 3% と考えている。これまでの英国小売物価指数(RPI、訳注)を調べると RPI は CPI より 0.66% 大きい。したがって、市場の期待インフレ率はイングランド銀行のインフレ目標、CPI 成長で 2% という値に近いのである。

訳注: イギリスの消費者物価指数には CPI と RPI のふたつがある。バスケットの中味・重みづけ・対象人数・計算式などが違う。CPI は国民所得勘定から計算し RPI は数千戸の追跡データを使う。そして CPI の値は常に RPI より低く出る。国際基準に沿っているのは CPI のほう。その違いについてはイギリス統計局の「Consumer Price Indices - A Brief Guide」ページにある「Consumer Price Indices - A brief guide」というブックレット参照(24頁)。

実際、イングランド銀行の現状の計画からは量的緩和の終わりが間近であることが読みとれる。彼らが購入できる英国債の上限は2000億ポンド。その上限まであと50億ポンドしか残っていない。再度量的緩和にとり組むことを考えれば、今インフレのデマに騙されてイングランド銀行の足をひっぱるべきではない。

20100120

Great Moderation はどとめをさされたってか?

Twitter で hicksian さんが「Great Moderation、まだまだ続いてます(今後も継続しそうだよ)」とつぶやいていた。Great Moderation ってナニ? と思ったので、紹介されていた Vox の論文をチラ見してみた...

ボラティリティ? (調べる) ほーほー。Great Moderation? (また調べる) ははぁ...(笑)。グーグル先生にお伺いを立てると"The Great Moderation" は「大平穏(期)・超安定化・大いなる安定・マクロ経済の安定(Great Moderation)・大安定(化の時代)...」と訳されている。僕は「マクロ経済の安定(Great Moderation)」が親切だと思うけど、night_in_tunisia さんは「今のところ大安定期がしっくりくる」と言っている。ちなみに日銀は「大いなる安定」を使っている。皆さんはいかがでしょうか。

イメージとしては海の「大凪(おおなぎ)」がぴったり来るんだけどなぁ。あとは「間氷期」とか。もし、あなたのところに翻訳の神様が降臨してひらめいたら、こっそり教えてくださいませ。

原文は「Does the Great Recession really mean the end of the Great Moderation?」です。


今回の金融危機で Great Moderation が終わったというのは本当なんだろうか?

Olivier Coibion Yuriy Gorodnichenko
16 January2010

はたして Great Moderation は「たまたまおきたこと」だったのかな?  いやいや、金融政策がうまくインフレを手なずけたんだよ、僕らはこのコラムでそう主張するつもりだ。現在の景気後退が歴史的にみてもひどいのははっきりしてる。でも、ボラティリティは 1970 年代のレベルにはもどらない感じだ。以下ではそれについても述べていこうと思う。

「Great Moderation の原因についてはっきり知っている人はどこにもいない。金融市場がより洗練されてきたからだと言う人もいれば、FRB の叡智うんぬん...と言う者もいる。しかしだね、それがたまたまだったってことは分かってるんじゃないかね?」-ロバート・ライシュ、2008年7月15日。

Great Moderation は終わったのか?

戦後最悪の不況が目前にせまってきた時、たくさんの人が Great Resession が Great Moderation に終止符をうつぞと騒ぐようになった。Great Moderation の研究者は「たまたまだったなw」とか「グッド・ラックwww」などと嘲笑された。(訳注: 後述のように Great Moderation の原因には「たまたま運がよかっただけ」説と「よくできた政策のおかげ」説がある。で、ここでは、運がよかった="good luck" にかけて嗤っているわけです。後ろのやつは「あーあ、君これからどうすんのよ?」的に。)

Great Moderation は、とくに「よくできた政策」説をこきおろすことで劇的な終わりを迎えたようにみえる。「よくできた政策」説というのは、ポール・ヴォルカー元FRB議長の姿勢 - インフレには積極的な金融政策で対応し、インフレをおこしそうなイベントに厳しく対処したりインフレ率をしっかりコントロールしたりする - をベースに Great Moderation の原因を説明するお話だ。 (Clarida, Gali, and Gertler 2000, Boivin and Giannoni 2006, Lubik and Schorfheide 2004, and Coibion and Gorodnichenko 2009)

「今の金融政策だって上のヴォルカーの態度とそんなに変わらないんですがなにか?」

僕らが Great Moderation の終わりを主張する人に言いたいのはそういうことだ。

それはとっても誇張されているのデス(A greatly exaggerated death)

僕らが思うに、今の不況は Great Moderation の終わりなんかじゃない。たしかに景気後退はとても厳しいけれど、ボラティリティは 1970 年代に比べればかわいいもんだ。ということで図1。図1 は実質GDP成長率(四半期)を年率換算してその標準偏差をプロットしたもの。上のグラフで使ったのはこれまでの研究にあった値の5年平均、下は同じものの幾何平均に脚注のように重みづけしてある。

1990 年代のボラティリティが 1970 年代の半分くらいになっているのがはっきりわかる。これが Great Moderation。5年平均グラフ(上)にあるボラティリティの跳ねあがりは、Great Moderation 期におきた景気後退だ。今回の景気後退によるボラティリティ上昇が他より大きいのもわかるでしょう。とはいえ、現在のボラティリティもマクロ経済評論家やフィラデルフィア連銀のようなプロの予測値(2009年 12月)も 1970 年代のまだずっと下なんだけどね。

幾何平均に重みづけしたグラフ(下)をみると、ボラティリティがそのピークを過ぎたことがよーくわかる。僕らが使った重みづけは時間的に離れた期間の影響を軽くするようなもので、2009 年のボラティリティのピークがよりはっきりわかる。さらにさらに、プロの予想屋さんたちの最悪の予測でさえ、1970 年代のボラティリティに比べればずっと小さいのもよーくわかるんじゃないでしょうか。

図1. 実質GDP成長率の標準偏差(上: 重みづけなし、下: 重みづけあり)

Great Moderation の原因には「たまたま運がよかっただけ」説と「よくできた政策のおかげ」説がある。どちらも景気後退がおきないだろうなんてことはほのめかしもしてないし、それがひどい景気後退になるかもしれないなんてこともまったく言ってない。アメリカ経済は 1980 年代からつい最近まで安定していたけれど、今後はどうなんだろうか? 意外なことに、ふたつの説が描くアメリカ経済の将来はまったく違っている。「たまたま」説によると、このさきも安定するなんて可能性はほとんどない、運はつきちゃったから。逆に、「よくできた政策」説は著しく大きいボラティリティなどあり得ないと言っている。というのも、マクロ経済学者や為政者には 1970 年代の有用な教訓があるから。彼らは経済を安定させる方法についてそこから学べるというわけだ。図1 は「よくできた政策」説を裏づけているようにみえる。今回の景気後退は歴史的惨事ではあるけれど、だからといって 1970 年代のようなボラティリティが戻ってくる感じではない。今回の事件も、せいぜい穏やかな時代に嵐が激しく荒れ狂ったくらいのものだろう。

脚注

1 僕らがやった幾何平均の重みづけというのは次のようなものだ。現在値の重みづけを1とする。その前の期間 t-1 にはδの重みをつけ、そのまた前の期間 t-2 にはδ2 とやっていって、δt-19まで。δは 0.9 とした。このδ値は、短期ノイズが最少になる値と時間的に離れたデータの down weghting を均衡させるような値になっている。

20100118

プリンストン大学: ハロルド・ジェームス教授一問一答

プリンストン大学のサイトにあるハロルド・ジェームズさんの人物紹介。部分的ですが訳してみました。原文はここここ。プリンストンのサイトでホームページとして紹介されているのは、Project Syndicate のサイトhttp://www.projectsyndicate.org/series/71/description でした。

YouTubeの「A Discussion of the Global Financial Crisis」ではジェーム「ス」と聞こえたんですがどうなんでしょ...


Harold James

略歴

ハロルド・ジェームスはプリンストン大学公共政策大学院(Woodrow Wilson School)の兼任教授(訳注1)であり、経済史・財政史・ドイツ近代史の研究者である。ケンブリッジ大学に学び(Ph.D.は1982年)、1986年本学に来るまでの8年間ケンブリッジ大学ピーターハウス(訳注: カレッジのひとつ)で教官を勤めていた。彼の著作には、二大大戦のあいだにドイツでおきた不況(depression)についての『ドイツの不況』(1986)、ドイツの国民性の変化を考察した『ドイツの国民性 -1770-1990』(1989、この2冊にはドイツ語版もある)、『ブレトンウッズ以降の国際金融における協力体制』(1996)などがある。ドイツ銀行の歴史についての共著『ドイツ銀行』(1995)は1996年にフィナンシャルタイムズ・グローバル・ビジネス・ブック・アワードを受け、その後『ドイツ銀行とナチの対ユダヤ人経済戦争』(2001)を記している。彼の近著『グローバリゼーションの終焉 -大恐慌の教訓-』(2001)は、中国語・ドイツ語・ギリシャ語・日本語(訳注: 邦訳『グローバリゼーションの終焉―大恐慌からの教訓』)・韓国語・スペイン語に翻訳されている。他にも、『ヨーロッパ再興-1914から2000年まで』(2003)、『窮地にあるローマ -国際秩序はいかにして政治の帝国を築いたか』(2006)、『ファミリー・キャピタリズム -ウェンデル、ハニエルとファルクス』(2006、ドイツ語・イタリア語・中国語の版がある)などの著書がある。2004年にヘルムート・シュミット賞経済史部門、2005年にはルートヴィッヒ・エドワード賞経済書部門を受賞している。ヨーロッパ大学協会のマリー・キュリー客員教授でもある。

訳注1 joint appointment professor: 複数の勤務先を対等に勤め、給料も半額ずつ支給される。

彼の著作の書評は以下を参照のこと。

Recent Publications

  1. The End of Globalization: Lessons from the Great Depression
  2. Family Capitalism: Wendels, Haniels, Falcks, and the Continental European Model
  3. The Roman Predicament: How the Rules of International Order Create the Politics of Empire
  4. International Monetary Cooperation Since Bretton Woods
  5. # Europe Reborn: A History, 1914-2000 (Longman History of Modern Europe)

Interview

2001年、教授は刺激的なタイトルの著書『グローバリゼーションの終焉』を出版しました。まず「グローバリゼーション」とは何なのかお話いただけるでしょうか?

それを語る人がどの分野出身かによってその定義は違っています。私は経済史畑なので、私が言う「グローバリゼーション」はモノ・労働力・資本・概念が国境を越えていくことを指しています。この言葉は現代史だけで使われるのがふつうです。私たちが示そうとしてきたのは、これまでにもグローバリゼーションの流れは存在したのではないかということです。そして、誰もが知っている19世紀末から第一次世界大戦と大恐慌までの期間にみられた世界的な流れはそれだったのではないかということです。グローバリゼーションのように世界の統合をともなう流れはもっと遡れるのではないか、これまでも似たような流れはあったのに、それをせき止めるようなできごとがあって終息してしまったのではないか、と私は思っています。

著書『グローバリゼーションの終焉』の内容について教えてください。

この本には、初期のグローバリゼーションの影響を受けた世界が、第一次世界大戦と大恐慌で再分裂していくようすが記されています。この時期に生まれた世界の一体化の流れは心理的・政治的に尾をひく重要なできごとだったのだ、というのが私の主張です。これ以降、人々は経済を国際的文脈で理解しようとしなくなり、国民国家という視点でものごとを考えるようになりました。その結末が国民国家への傾斜です。私がこの本で問題にしているのは、このような揺りもどしは再び起きうるのだろうかということです。揺りもどしはあり得る、というのが私の主張です。

すると、現代のグローバリゼーションと大恐慌は根っこでつながっている?

そのとおり。大恐慌はグローバリゼーションの終わりでした。モノ・労働力・資本・概念といったグローバリゼーションに付随するものは、その恐慌がおきる前から統制の圧力にさらされていました。保護主義的な関税の導入というようなかたちでです。たとえば、1930年にはホーリー・スムート法(訳注2)がアメリカで成立しています。人と資本を制限する新しい流れがこの時期台頭してきたのです。私がこの本で強調したかったのは、大恐慌の影響がもつグローバルな側面でした。多くの歴史家がこの恐慌をアメリカの事件として扱っています。この恐慌が他国に波及したと考えること自体に抵抗があるのですね。同じように、一国の不況と危機がどのように波及するのかについても抵抗があるようです。

訳注2: 1930 年米国議会を通過, 関税をきわめて高く (税率史上最高) つり上げることを意図したもの; 諸外国の報復措置を招き, 米国の対外貿易は急激に低下, 世界的大不況を一段と悪化させた from 研究社リーダーズ)

グローバリゼーションはよいことでしょうか?

グローバリゼーション全体でみれば、それは建設的なものだというのが私の考えです。グローバリゼーションによって世界中の人が裕福になります。とくに途上国にとっては恩恵が大きいでしょう。しかしそれが先進国側としては不安と心配のもとになっているのも確かです。反NAFTAの人たちや1999年シアトルの暴力的な反WTO運動などにそれが表れていますね。今日のアメリカ国内にも、中国とインドとの競争で一次産業とサービス業の両方で職が失われているという印象論がありますし。

グローバリゼーションは「必然的で元には戻せない」と言われてきましたが。

私が警告したいと思ってきたのはまさにその考えかたです。グローバリゼーションは必然なんかではないのです。そしてこれまでもグローバリゼーションは逆行したことがあるのです。これは憂慮し懸念すべきことで、けして喜ばしいことではないと私は考えています。このまえのグローバリゼーションに終止符を打ったのは戦争と不況だったのですから。

数年前、教授は「大恐慌の危険性はこの20年でもっとも大きい」という書き出しの論説を書いてらっしゃいます。今でもそうお思いですか?

もちろん。われわれはよく分からないようなリスクを抱え込んでいます。とくに銀行は自分のバランスシートからリスクを落とすのがとても上手くなりました。経済危機がおきた時、どうリスクが分散されるかあまり分かっていないと私は考えています。国際金融システムの弱さについてわれわれが理解しているとも思いません。貿易自由化に対する反動も非常に心配ですね。

大恐慌にはどんな教訓がありますか?

教訓として重要なのは、国家がさらなる繁栄を追うような時 - 外国を犠牲に「ひとり勝ち」を試みて成功してしまうような時 - その国の政治は多くの場合うまく機能していないということ。そして結局は他の国々と同じように自国の安定も失われてしまうということです。

いまの世界秩序に対する脅威は何でしょうか?

はっきりした脅威がふたつあります。ひとつはこの50年間の貿易自由化の波が逆行してしまうこと。中国の成長に対するわれわれの反応を見てください。多くの欧米人が中国はフェアな競争をしていないと思っています。中国製品を欧米市場から減らすべきだという話もききますね。私の考えだと、もうひとつの脅威は金融上の不安定やパニックの伝播です。歴史的に見るとこの伝播によって世界の分断がはじまっています。

近著『ヨーロッパ再興 -1914年から2000年まで』(2003)ではどんなトピックが扱われているのでしょうか?

奇妙なことに20世紀ヨーロッパ史をうまく概観した本がありませんでした。教科書で論じられているのは個々のイベントで、それが大枠の話のなかでどう位置づけられるのかが抜けていました。エッセイ風の書きものを見ても、20世紀ヨーロッパ史の概説はありますが、そこではたくさんの出来事が取りこぼされていたのです。私が意図したのは明確な主張のある本です。と同時にドイツやフランスだけでなく、ポルトガル・ブルガリア・ルーマニアで何がおきていたのか見てみようと思ったのです。

その著作の概要について話していただけますか?

この本で私が書いているのは、ヨーロッパの没落と崩壊、そしてその後の再興と成長です。ほとんどの人が20世紀の前半に注目します。この時期は恐ろしいほど壮大で悲劇的だからですね。わたしもヨーロッパが復興していく様子について書いてみようと思いました。この本では収斂が大きなテーマです。東西ヨーロッパがまったく別の道を歩んできたという通説に一石を投じてみました。前世紀にはヨーロッパ風味(sence of Europe)とでもいうような共通性や特色があったように思えるのです。それと1989年以降、政治・経済・人の行いや姿勢といった点で、東西ヨーロッパがいかにすばやく統合されてきたのかも描きたかったことです。

あえて21世紀のヨーロッパの役割をお聞きしたいのですが。

現時点ではあまり楽観的になれない、というのが私の立場です。20世紀末のヨーロッパは、ある意味で1914年の状態とかなり似ているのです。政治的混乱がふたたび頭をもたげてきていますし、世界秩序に対する声も当時と似ています。ヨーロッパの政治をみると、20世紀後半より今日のほうが急進的です。これは左派右派関係ありません。また、人口動態をみてもヨーロッパは大問題を抱えています。イタリア・ドイツ・スペインでは社会を支える若者が不足しています。高齢者に対して年金(retirement)や医療保険が維持できるかどうか。他国から若者の移住をすすめないと根本的解決にはなりません。しかし移民問題はとてもデリケートで、現代の進歩に対する激しい反動の引き金をひきかねない要素ですね。

9.11 は世界秩序にどう影響するでしょうか?

われわれの抱える問題は国境をこえて繋がり相互依存するようになっています。9.11はそれを目に見えるかたちで示しました。テロリズムや感染症は、もはや一国国内にとどまることはありません。世界の繋がりを人々が感じとれば、確実に人は安全を確保しようとするでしょうし、外界とのあいだに自分たちを守ってくれる壁が必要だとも感じるようになるでしょう。グローバリゼーションを支えるモノと資本の流れはことごとく潰されてしまうかもしれません。9.11以降、モノと資本の流れを制限しようという声が非常に強くなっています。例えば、アメリカ国内の外国人は安全保障上の懸念材料です。したがってビザ制度全体がかなり厳しくなりました。また、相当数の貨物コンテナが検査抜きで国内に運びこまれているのが現状です。これはテロの可能性を考えると明らかに問題です。そうなれば、コンテナに対する規制や制限、監視強化の動きもおきるでしょう。他にも、国際テロには国境をこえたお金の流れが不可欠です。そのお金の流れを制限しようというのは当然の対応ですよね。こうなってくると、グローバリゼーションのあらゆる面が問題になってしまいます。そして過去そうであったように、グローバリゼーションに懸念をもつ人は、安全保障を盾に、この統合された世界を縮小していくことができるのではないか、と私は思っています。

20100114

二都物語: ゴナイーヴとラバディ

ハイチで地震があった。それで思い出しひっぱりだして訳しました。The Economist の元記事『A tale of two cities: Gonaives and Labadee®』がいつのまにか読めなくなっていたので、こちらにコピペしてあった文を利用。皆さんはどんな感想を持つでしょうか。僕は結構好きですけどこういうの。「とりあえず豊かになってから考えよう」的な。

Gonaive と Labadee 両方ともYouTubeにビデオがあるのでみて見るもよし。でもLabadee行ってみたいよね!


二都物語: ゴナイーヴとラバディ®

その島、この世界の外につき。

2009年2月12日

ハイチにいる。でもハイチじゃないところにいるみたいだ。

ゴナイーヴ

砂埃のたつ通りをのろのろ車がくだっていく。ゴナイーヴは貧しい町のようだ。道の際を歩く人々の流れはとぎれることもなく、一見してうちひしがれているようにも見えない。角をまがる、すると突如坂の途中の泥の壁が目に入る。ブルドーザーとダンプが大通りの泥をとりのぞき、路地では何千もの人がショベルを手に懸命に働いている。しかし泥の帝国が消える気配はいっこうにない。頭上にのしかかるような泥の壁。その縁をよじ登ると近くには家の屋根があり、一番近い十字路のあたりに目をやると、ひび割れた泥で埋まった路地がまるで腹一杯餌を喰った大蛇のようにむこうまでのびている。

少年時代、無限という考えにとらわれたのを僕は覚えている。無限に1を足したら何になるの? そう父に尋ねたものだ。そうして数学について少し学んだわけだが、足しても引いても根本的に変わらない量をイメージするのは難しいままだった。でも目の前のゴナイーヴのこれがそうみたいだ。ナントカという名の援助機関やハイチ政府が泥をかきだしている。しかし、いくら泥を町の外に運び出そうとも、まるで泥の量は変わらないみたいだ。去年の夏の終わり、4つのハリケーンが立てつづけにやってきて雨を降らせた。嵐はまず土をびしょびしょにし、やがてそれを山の麓へと押し流し、町へと、町の家の中へと土を流しこんだ。500人が亡くなり、生き残った人には泥で埋まった町が残された。

ゴナイーヴはハイチで4番目に大きな町である。約30万人が住んでいる町だ。町は川の氾濫原にあって、ほとんど完璧にまるハゲの山に囲まれている。つまりこういうことだ。数年ごとにハイチにハリケーンが上陸するたび、山から町へと土砂が流れこむ。数ヶ月もすれば泥はからからになってしまう。たくさんの人が家を掘り出して土を積みあげる。他にやる場所もないから土は通りに積んでおくことになる、そして土の山がまた高くなる。そういうことだ。たとえ話ばかりになるが - まるでそれは神話か夢が現実になったみたいに見える。

「状況は実際よくない」とワトソン・セントルイスの言葉を通訳が教えてくれる。彼は耳がほとんど聞こえない大工の友だちに会いにいくところだ。壊れたドアをなおしてもらうらしい。彼らの生活は実際よくない。それがどれくらいよくないか僕には把握しきれないくらいだ。9月の嵐がやってきた時、「われわれ近所の96人は、あの二階建ての一軒屋の上でぎゅうぎゅう詰めでやり過ごしたんです」そうセントルイスは言う。(僕にもその屋根が見えたが、そんなに広い屋根じゃなかったのは確かだ)

それからだいたい4ヶ月たったが、彼の4人の子供のうち登校しはじめたのはたった1人だけ。彼自身学校の先生だが、残りの子の学費を払う余裕はないという。- 公立学校は控えめに言っても最低限のことしか教えてくれない。ゴナイーヴでは似たような話はごろごろしている。現世の聖人たち - 例えば、空き倉庫をつかって10日で病院を設置したりする国境のない医師団のような人たち - がここで活動しているけれど、目に見える変化はわずかだ。

僕がハイチにいた頃、たくさんの国際援助機関が帰りの荷物をまとめはじめていた。緊急事態終了、この給料じゃ町の再建まではできないよ、というわけだ。とは言うものの、2004年のハリケーン・ジャンヌが被害をもたらした時から、彼らはずっと働きづめだったのだ。しかし多くの人が、またすぐ戻ってくるはめになるんじゃないかと心配してもいる。町ごと引っ越すという馬鹿げた話もきこえてくる。誰もがそんなお金は金輪際手に入らないことを知っている感じだったのに。僕らは大金持ちのドバイにいるわけじゃあ全然ない。でもドバイなら、かたちだけでも解決の糸口はあったんじゃないだろうかと思う。

行きあう要人や専門家のみんながみんな、対策はまだまだ足りないと言う。2008年、国際社会はハリケーン対策のお金を倍の8億ドルに増やした。でもそれは、2004年のジャンヌの後でたくさんのお金が汚職で消えていて、去年の災害でほとんど何も進展してないことがわかってしまったからだった。

ラバディ

ゴナイーヴとは対照的な、フロリダを思わせる土地がそこから数百km離れたところにある。馬鹿でかくてキラキラしたものがでーんと沖に浮かんでいる。豪華客船だ。僕はハイチで2番目に大きなカペイシャンから30分車で行ったところにいる。ラバディだ(詳しく言うと「Labadee®」は近所の村Labadieからきている)。ビーチにはロイヤル・カリビアン・クルーズラインの客か従業員以外は立ち入り禁止。この会社はあたりの土地をハイチ政府から借りているのだ。ビーチに上陸した客がラバディを離れることはできない。会社の保険が適用されないからだ。

ぶつかるはずのふたつの世界が、ここでは責任保険と高いフェンスで注意深くへだてられる。フェンスの内側では、水・野菜・ハンバーガーなどすべてが沖の客船から運ばれる。地域経済に貢献しているが、ただの隔離というもの以上のなにかがここにはある。ラバディを非難する人は人種差別まがいだとかいう。それは旅行者の群れがほとんど白人で、接客以外立ち入り禁止のハイチ人は色が黒いからだ。

けれど事はもっと微妙だ。サウジアラビア女性が無人の土地でしか運転を認められないようなもの。ハイチっぽくないのは確かだがここはアメリカではない。ロイヤル・カリビアンは長いあいだ「ヒスパニョーラのラバディ」と宣伝してきた。格安で第三世界のビーチを借りている事実をうやむやにしている。ただの観光客をひっかける罠。そこには国の名前も記されない。彼らのパンフレットには「ロイヤル・カリビアンのプライベートな楽園」とあるだけだ。

「ラバディ®にはスペシャルなことがたくさん。」 ウェブサイトはそう煽る。スペルを変えたインチキ商標を使うようなふざけた態度はいったん脇におくが、ラバディ®のスペシャルな点がひとつだけなのはほぼまちがいない。ラバディ®はハイチ唯一の大規模リゾート、現地に大金を落とすスペシャルな土地なのである。クルーズ会社は2050年までそこを借り、上陸する旅行者1人につき10ドル政府に払っている(客は年間50万人ほど)。国の予算のほとんどがまだ海外援助だから、これはハイチ政府にとって重要な収入になる。また、このリゾートでは約500人が働いている。多くは近所のLabadieの村人で、僕の経験だとハイチで一番裕福なのがこの村だ。

村人が世界の基準で裕福という意味じゃないのは当然だ。水道はないし道らしいものもない(交通手段は歩きかボートで湾を横切るかだ)。村の裏手にもゴミがちらばっている。それでも、君もここにくれば何かしら楽観的なものを感じられるはずだ。それは職がもたらすものだろう。村はやる気のない物憂げな土地ではない。もし村に旅行者が来るようなことがあれば、知識を得るのとひきかえに、村人は少しくらいのお金ならをだすかもしれない。

居心地の悪さを感じないようにすれば、村に出かけるのはよいことだ。「ぜひラバディ®の魂をつかんでください。」とサイトにはある。ロイヤル・カリビアンおすすめの方法は「ラバデュージー」。特製シェイクで「この世界にはない」飲みものだそうだ。まるで存在しないLabadeeの綴りそのものじゃないか...

要約: イングランド銀行ワーキングペーパー『マクロプルーデンシャルな政策の役割』

イングランド銀行のワーキングペーパー『マクロプルーデンシャルな政策の役割』です。えー、このまま放置すると"やるやる詐欺"になってしまいそう... ということで、とりいそぎ訳してあった "Executive Summary" のみ校正しました。これで勘弁してちょ。BOXとして様々な事例がグラフ満載で提示されていて、僕なんかは見るだけでお腹いっぱい。専門知識がないと読みこなせないと感じたので途中でストップしてました。素養のある方々の参考になるはずです、根拠レスですけれど(笑)

ちなみに構成は次のようになっています。それと、サマリ文中に「だろう」とか「かもしれない」が多いのは、本論のほうで詳しく論じているからだと思います。

  1. はじめに
  2. マクロプルーデンシャルな政策の目的になりそうなもの
  3. システミックな問題の原因: financial frictions and propagation channels
  4. 集合的なリスク(aggregate risk)を管理するためのツール
  5. ネットワークリスクを管理するためのツール
  6. 堅牢でマクロプルーデンシャルな枠組みを築く
  7. 実際の施策上の課題
  8. まとめ

News Release The Role of Macroprudential Policy - Discussion Paperから原文と関連講演が入手できます。


マクロプルーデンシャルな政策の役割

A Discussion Paper
November 2009

This paper was finalised on 19 November 2009.

Executive summary

世界規模の金融危機がおき、現存の金融システムを土台から変えねばならないことが明らかになった。そしていま現在、国際的な金融システム(international financial and monetary system) は再点検されているところである。プルーデンシャルな制度枠組みも、その構成がどうであれ、それがシステム全体を扱えるようあらためて方向づけしてやらなければならないだろう。そしてこの先、金融機関が破綻した場合でも、社会が背負いきれないような損失が発生しないようにしなければならない。

UK Tripartite (訳注: 英金融サービス機構・イギリス大蔵省・イングランド銀行が構成する金融システムの安定のため調整機関)や世界中の専門家同様、イングランド銀行も各レベルの議論に貢献したいと考えている。最近のイングランド銀行による講演において、われわれは金融システムの構成を再チェックする重要性や金融危機に対処し解決する枠組みの改善、法的(訳注: regulatory)枠組みの見直しについて強調してきた。なかでも重要なのは、マクロプルーデンシャルなツールで何ができるのかということである。

金融危機がおきる前、国際金融システムではレバレッジが積み上がったり流動性のミスマッチがおきたりしており、システムがマクロ経済や市場の有害な変化に対して弱くなっていた。そしてこれが、今のわれわれが抱える問題の源になっていたのである。今後大切なのは、システム全体に関わるリスク、いわゆるシステミックリスクに対処できるようプルーデンシャルな規制(訳注: regulation)をもう一度方向づけてやることだ。これがマクロプルーデンシャルな政策の役割である。本稿において、マクロプルーデンシャルなツールをどう設計しどう展開していったらよいのか、新しいアイディアを提供していくつもりだ。

マクロプルーデンシャルな政策は現在の政策枠組みに欠けている要素である。過去数10年間、マクロ経済政策と個々の金融機関の規制とはあまりにかけ離れすぎていた。マクロプルーデンシャルな政策によってシステムの回復力が強化されていて、経済に信用が潤沢に供給されていたなら、今回の危機による損害も軽減できていたであろう。

金融的な安定とは、経済全般に対して決済システムや信用供給、リスク保証などの金融サービスを安定供給していくことだと考えられている。これがあらゆるマクロプルーデンシャルな政策ツールの出発点である。例えば資産バブルを未然に防ぐというような、より野心的な目標を思い描くこともできる。マクロプルーデンシャルな政策によって信用(訳注: credit)供給の勢いをなだめ、資産バブルを牽制できることもある。しかしながら、銀行システムの規制の目標を資産バブルの阻止だけにしぼるのは非現実的だといえよう。

システミックリスクには主にふたつの源がある。ひとつは、金融関連企業を集合体として見たときの傾向である。これらの企業には、信用供給に勢いがあれば自らを過度にリスクにさらし、逆に信用が供給されなくなると過度にリスクを嫌うという強い傾向がある。一般企業や家計にも同じことがいえる。金融関連企業がこのような傾向を持ってしまう理由は様々で、破綻すると市場に甚大な被害が出るような企業を市場が抱えている、というのもその理由だ。システミックリスクのふたつめの源は、個々の銀行というものは、自らが金融ネットワークの他の部分に与える波及効果を考慮しないものだという点にある。

本稿は、現行のミクロプルーデンシャルな資本配分(訳注: prevailing microprudential capital ratios)に加え、さらに資本課徴金(capital surcharges)を課すことで、景気の上昇圧力(cyclical overexuberance)の勢いをそぐことが実際に可能なのかどうかを検討していくことにする。このような課徴金は一般的な自己資本比率(headline capital requirements)に上乗せすることもできるし、もっと細かいレベル(いわゆる特定のタイプのエクスポージャーに関する"リスクウェイト")に適用することもできる。業種別アプローチをとるなら、上昇圧力がかかっている業種に照準をあわせて課金することもできるが、政策はより複雑なものになってしまうだろう。資本に課金する際の対象レベルをどれくらい細かくするのがよいかについては、注意深い考察が必要になろう。

※訳注: 意味不明ですみません、辞書には以下のように...
exposure: 損失可能状態[度, 投資額], エクスポージャー。特定の原因・事情に基づく損失危険にさらされた資金や状態: 特に
(1) (銀行・証券会社などの顧客または国への)与信総額(約束額を含む),債権残高
(2) (為替レート変動による)外国為替エクスポージャー

信用バブル時に自己資本比率を引き上げれば、システム全体に対して自己保証システムを形成することができ、システムの周縁部で盛んにおこなわれる借入れも制限することができる。しかしここで非常に重要なのは、このメカニズムが逆方向にもつかえるということである。つまり、不況の際に自己資本比率をさげてやれば、銀行に対して貸出しのインセンティブを与えることができ、金融セクター全体の貸し渋りを減らして、景気悪化や銀行の損失をくいとめられるかもしれないのである。

資本課徴金は、上記のように信用サイクルにおけるリスクの変化に対処するのにも使えるが、それとはまた別に、個々の企業がシステミックリスクの軽減に等しく貢献するよう使うこともできるだろう。例えば、金融サービス機構が検討しているように、銀行の規模やコネクション(connectivity)、複雑さに応じて課金することもできるのだ。このようなやり方を採用すれば銀行の破綻の可能性は減り、システムを補強することができるだろう。また、これは課金される企業にバランスシート構成を変えるインセンティブを与えることでもあり、彼らの破綻がシステムに与える影響を小さくすることにもなる。

実用上の大きな問題は、上記のようなねらいを持ったマクロプルーデンシャルな制度が施行可能か否かである。資本への課徴金は基準に照らして調整しなければならないだろう。つきつめれば、分析や市場調査やモデルに基づいた判断が必要だということでもある。そのため本稿では量的・質的な指標をいくつかとりあげ、それについて概説して要約し、今後の作業が有用なものになるようにする。おもに取りあげるのは、マクロ経済的なもの、金融システム全体に関わるもの、そしてそれらの相互関係についてのものになる。

マクロプルーデンシャルなツールが、いつも変わらぬルールで設定されるようなことはありそうにない。厳しい政治的選択をするために判断が必要になるかもしれない。したがって、システムの回復や信用の状態、セクターごとの債務状況、システムへの波及効果についても評価しなければならなくなる。そのどれもが状況によって時間とともに変わっていくものだ。手にした情報には重みづけが必要であり、為政者自身このツールによって金融機関の振舞いがどう変わるのかを学び、変わっていかねばならないのである。

また、マクロプルーデンシャルな制度には透明性や説明責任、予測可能性の点で限界があるという点も重要である。マクロプルーデンシャルな政策目標や政策決定のしくみ、そして決定事項そのものについても明瞭さがもとめられる。説明責任を果たすためのしっかりしたメカニズムも必要だろう。このようなマクロプルーデンシャルな制度の持つ"限定された裁量権(constrained discretion)"という性格は、マクロ経済政策の枠組みに似ているところがある。

もうひとつ重要な課題は国際協調である。マクロプルーデンシャルな制度が完全な効果を発揮するには、緊密な国際協調が必要になることもあるだろう。しかし国際協調がなかったとしても、マクロプルーデンシャルなツールを適切に使って、国内金融セクターの回復力を強化できることに変わりはない。

本稿は、規制当局や中央銀行による既存の施策を概観することによって、実施できるマクロプルーデンシャルな政策制度としてどんなものがあり得るかまとめたものである。施策について結論づけることはないし、特定の制度を推奨するようなこともしない。これらの政策を実行に移すまでには、その準備としてまだまだ多くの作業が必要だろうから。本稿の目的はそのようなものではなく、マクロプルーデンシャルな政策について、国内外でおこなわれる今後の議論に貢献することである。われわれイングランド銀行は、ここで述べられるアイディアや分析についてのコメントや批判を歓迎する。

20100112

アダム・ポーゼン: イギリスが失われた10年を回避できたわけ。

以前訳したDailyMail誌の記事をこちらに移動。「The City Interview Monetary Policy Committee member Adam Posen "Why Britain avoided lostdecade."」


シティ街インタビュー: アダム・ポーゼンが語る、イギリスが失われた10年を回避できたわけ。

サム・フレミング、最終更新: 1:46 AM on 22nd December 2009

アダム・ポーゼンがイングランド銀行で働きはじめて3ヶ月以上も経つ。しかし、スレッドニードル通り(ロンドンの銀行街)の立派な事務所の床は、積みっぱなしの段ボールだらけのままだ。

さもありなん。ハーバード育ちの教授がイングランド銀行の金融政策委員に選ばれたのは、生涯に一度あるかないかの大惨事のまっただ中。事務所の整理整頓に頭を悩ませている場合ではないのである。

実際、歯に衣着せぬ43歳のアメリカ人は、まるで数ノットで進む政策提言量産マシーンのように働いてきた。着任初日からイギリスの金融システムの"徹底的な改革"に刈り出され、借金の8割がすでに首の回らない極小零細企業のものだという"不穏な"統計をふりかざし、強調して見せたのも彼である。

(ポーゼンさんの顔写真)

[キャプション] Plan B: ポーゼンは最悪の時期が過ぎたと信じている。けれど、彼はまだ、量的緩和が失敗した時に使う別の選択肢を見つけようとしている。

ポーゼンは彼が"プランB"とよぶ計画についても作業を進めている。イングランド銀行の量的緩和が失敗してぽしゃった時、信用の流れを回復させるような政策だ。今月はじめ、資産バブルを抑える新しい税金について彼に熱く語ってもらった。

休暇でアメリカに戻る前の18日、彼の話を聞くことができた。当局がこれまで行なってきた財政・金融的機銃掃射は、景気後退の軽減にはどうしても必要だったということである。

ポーゼンは「我々は最悪の事態を防いだんです」と90年代日本の"失われた10年"を引きあいに説明する。

「彼ら(日本人)は初期ショックに対して戦いを挑まず、減税や金融刺激策を使うこともありませんでした。我々はそれをやったし、それは機能しています。」

イングランド銀行の見通しでは今後2年はかなりしょぼいままな可能性はある。ポーゼンによると「景気過熱のシナリオより低迷のシナリオのほうがずっとイメージしやすい。」のだそうだ。

しかしながら、2000億ポンドもの現ナマが刷られたら(create)、インフレになってしまうんじゃないかと心配する人もいるだろう。そういう人は表計算ソフトを使ってもういちど考え直したほうがいい。経済指標をみれば、"インフレはほとんど起きてない"と言えるはずだ。

「インフレ期待や債券市場調査、実際の生産量が、目標から実質値で外れていくようなら、我々は行動を起こす。しかし彼ら日本人は行動を起こしていない。」 (訳注: イングランド銀行は2%のインフレ目標も設定している)

これまで、金融政策委員になったアメリカ人は DeAnne Julius(1997-2001) とポーゼンの2人しかいない。我の強いこの教授はもの言いも率直で、イングランド銀行の他のもっと寡黙な委員たちをしばしば狼狽させてきた。

だが、大蔵省が彼を採用したのは、ひとつには日本で起きた資産・金融危機について豊富な研究があったからである。このイベントはまるで2008-2009年におきた世界的な危機のゲネプロのようだった。日本が陥っているのがデフレなのは火を見るより明らかで、多くの経済学者がイギリスも同じほうに向かうのではないかと恐れた。しかしながら、今となっては、ポーゼン教授の勝ちはほぼ確実だろう。

ポーゼン曰く、

「イギリスの状況はデフレからはほど遠くて、結構なことです。」
「自画自賛ですが、我が国のインフレ率がユーロ圏やアメリカ連銀より高くなっているのは、我々がインフレ目標をより明確かつしっかりと定めていて、ゆえに他国よりデフレリスクが少ないからだと思います。実際、そこには真実がちょっとはあると思うんですが。」とも。

ポンドの下落もインフレ率の上昇を支えてきた。

「政策でコントロールする類ものではないんですが、微妙な調整のバランスの上になりたつ世界ではありますね。」

彼はそう言うけれど、金融業界を放置しておくわけにもいかないのである。ロンドンの金融街で持ちあがっている話に、規制強化とボーナスへの課税がイングランドの築いた財産を壊滅させかねないというものがある。これに対してポーゼンは冷たい。

「個人的にはそんな話はぜんぜん気になりません。金融システムを安定させるのに正しいことをする必要があるし、たとえ、その施策で金融業界の雇用や彼らの給料が減ったとしても、それは諦めるしかないこと。」
「誰だって自分の庭の芝生を踏みつけられればぶつくさ言うものです。ロンドンの高級住宅地に住むヘッジファンドマネージャが、みんなスイスのツークに引っ越していくなんて信憑性に欠ける話だし。」

さらに彼はこうもつけ加えた。

「我が国とシティとの恋路はこれまでも、いつもこんな感じでした。彼らの言い分には正当化できる部分もありますが、近代国家で終身雇用にこだわれば負け犬になってしまうものです。」

イングランド銀行の量的緩和にとって、ポーゼンは強力かつ忠実な支持者である。イングランド銀行は、英国債をピンピンの新札(fresh money)で買い、経済に活力を与えようとしている。民間債務の買取りにその多くが使われていたなら、彼にも気に入らない点があっただろう。ポーゼンによると、そこは現時点では"議論の余地がある"ものだそうだ。

「イングランド銀行が民間の債務を買取れれば、量的緩和政策は少しだけ効果を増すかもしれません。でも今のところ、我々はまだ自分たちの施策がうまく機能すると思っています。」

これをみるには企業の借入量が指標になるが、ポーゼン的にはさい先は明るいようだ。

「信用面で中小企業にかかっている負担は、通常の景気後退時と比べてそれほど酷いわけではありません。つまりこれは量的緩和が効いているとみてよいということです。」

この先、量的緩和政策が終わる時、英国債市場が"不安定"になる可能性はポーゼンも認めている。

「イングランド銀行がこの9-10ヶ月間に買取ってきた金額はたしかに巨額です。しかし、買取り停止は市場に激しく(deep and liquid)影響するものなので、仮に我々が買取りをやめるとしたら、その影響も単なる移行や推移(transitional effect)以上のものになるでしょうね。」
「それでも、英国債の需要は十分にありますよ。」と彼はつけ加える。

もちろん、政府債を消化しようという市場の意欲は、大蔵省がその(英国債発行による)巨額の借金について信憑性のある計画を立てられるかどうかで決まってくる。ポーゼンは次の政権が、それが誰であれ、正しく処理すると確信している。たとえ次の政権が保守であったとしても、彼は"楽観"している。

「実際、どこかの外国とは違って、イギリスでは成熟した政治が行なわれています。債務市場はその事実を反映して動揺していませんね。政治が信頼できるので、来年の選挙後まもなく、何らかの手だてがとられるでしょう。」

イングランド銀行は先月インフレレポートを発行した。そこでの成長見通しは、次期政権がとるであろう緊縮財政を公式には考慮していない。しかしながら、ポーゼンによると、このさき民間にかかるであろう圧力については、彼らも意識しているとのことだ。

「我々は一般家計や民間がいくらかは貯蓄を増やねばならないと思っています。」
「インフレレポートの予想には、経済全体がバランスを取りもどす動きと国民貯蓄の増加を矛盾しないよう組みこんであります。」

また彼は、

「イングランド銀行は、財政政策の内容まで含めて予測しているわけではありません。それに、財政政策が出てきて、その規模や構成がわかったからといって、イングランド銀行が予測を修正しなければならないというわけでもないでしょう。」

とも言い添えた。

彼の吸収力はまったくあなどれない。このヒゲの学徒は、近ごろ訪れたエセックスのダグナム地区が、"X Factor"(歌のオーディション番組)の最終選考に残ったステイシー・ソロモンの出身地だということも知っていたりするのだ。

ポーゼンは地元イズリントンのパブの常連客になったそうである。では最後に、数ヶ月間イギリスに住んだ経験から、我が国の将来について語ってもらうことにしよう。

「普通のイギリス人労働者にとって、70年代や60年代よりは暮らしむきがよくなっていくでしょう。ですが、この10年、15年のような暮らしは期待できないと思います。」
「ジャパニーズスタイルの失われた10年にはなりませんが、2、3年は成長が鈍化してもおかしくないと思います。」

我が国は、まだ経済的打撃から立ち直りはじめたばかりだ。たしかにその影響は多大なものである。しかしそのような中で、ポーゼンが描く将来は運がよいほうだとは思えやしないだろうか。

ハロルド・ジェームズ: 銀行、国家、そして金融危機

Project Syndicate 2009年2月9日、Banks, States, and Financial Crisesの翻訳。

もし金融危機について知りたければ、入口として night_in_tunisia さんが訳した『金融危機を理解する』がおすすめ。分量は少ないけれど、「1.2 ヨーロッパとアメリカの歴史上の経済危機」あたりが内容的には重なる。PDFはこちら

ハロルドさんはグローバリゼーションの終焉―大恐慌からの教訓(ただし2002年)という本も書いてます。レビューによると題名と内容があってないそうですが。ちなみに訳者は話題のタイラー・コーエン本の訳者。この本のアップデートがたぶんNBERにある「The Great Depression Analogy」(2009年)かなぁ(串を刺せばDLできる、ぼそ...)

たまたま、同じ日に optical_frog さんが訳していた『クルーグマン「ヨーロッパに学ぶ」』をあわせて読んだんだけど、なにかむくむくと感じるものがあったり(なかったり)したのが個人的には面白かったです。


銀行、国家、そして金融危機

ハロルド・ジェームズ

金融危機の最新局面 - つまり2008年9月にリーマンブラザーズが破綻してからの時期ということだが - は、銀行の大損害とその破綻への脅威が続いているのが特徴だ。この災害の規模は、小さな国が銀行を救済できるか本当に分からないくらい大きくなっている。

「小さい」という言葉の定義はいまだ変わり続けている。数ヶ月前、小さいのはアイスランドだった。それは次にはアイルランドに変わり、今ではイギリスを指すようになっている。金融危機の余波で、もっとも適切な金融関連法のありようだけでなく、もっとも適切な国家の規模まで問題になってきているのだ。

どんなものが最善の金融システムなのかは、これまでもずっとあやふやだったし、違ったかたちの金融制度(訳注: 法規)が競いあってきた。そのひとつは、個々の銀行は自らのリスクについては自らで判断すべしという考え(訳注1)。アメリカでは長いあいだ銀行とはこういうものと考えられてきた。この見解はアンドリュー・ジャクソン第7代大統領とニコラス・ビドル第二アメリカ合衆国銀行総裁との激しい争いの末にできあがったものだ。当時はポピュリズムが財政家を押さえこみ、その結果、19世紀のほとんどのあいだアメリカの銀行が支店を持つことはなかった。(訳注2)

訳注1: banks should be close to the risks that they must judge.
訳注2: このあたりの話は「Bank War(銀行戦争)」と呼ばれる。アメリカに連邦準備制度ができる前の話。まだ南北戦争もおきてない。当時のアメリカには今のような中央銀行は存在しなかった。第二アメリカ合衆国銀行は、民営ながら全国に支店がある唯一の銀行で金融システムに強大な影響力を持っていたらしい。これはジャクソン大統領とニコラス・ビドル総裁の政争でもあった。日本語なら野崎日記「米国国法銀行をめぐるリパブリカンとフェデラリスト(4)」がよいのではないだろうか。著者は今次の金融危機については「ハイパー・インフレ信者」みたいだし、他の記事もちょっと香ばしい感じだけど、歴史的事実のまとめはそれとは関係ないでしょうということで。他にはWikipediaの第二合衆国銀行(第二アメリカ合衆国銀行)とか。英語版を参照したほうが詳しいです。結局、第二アメリカ合衆国銀行はチャーターと呼ばれる特許状を更新してもらえず、1841年に廃業においこまれた。その結果比較的小さな銀行が乱立した状態だったんだと思う。これが次のカナダと対照的な点になる。

もうひとつの道、アメリカとは別の道を歩んだのがカナダである。カナダの制度は堅牢なイギリスのものに由来している。そこではアメリカと違って中央集権的な政治に対する懸念がずっと少なく、全国的な金融システムを許容する体制は整っていた。カナダはこの大金融システムによってリスクをより広く分散させ、1907年の金融パニックや1923年から1933年にかけての金融パニックをうまく乗りこえることができた。

大規模銀行主義には大きな魅力がふたつある。ひとつは規模が大きいほうがリスク管理効率が確実によくなるということ。大銀行は少数の顧客の影響ではびくともしない(対照的に、アメリカの地方銀行は農民の経済状態の影響を大きく受けた)からだ。もうひとつは、あらゆる方面への経済的長期戦略を立てる際、規模が大きい方が国内外関係なくずっと効率的にやれるという点。

とはいうものの、大銀行がトラブルをおこすこともある。それは上のリスク管理と戦略というふたつの法則がまぜこぜになってしまった時だ。大銀行がもっとも発展して頂点に達したのはヨーロッパで、ドイツはその代表格である。19世紀末、ドイツの一大金融システムは貿易から産業へとお金を動かすことで発達していた。

そのころ、各国はいたるところに現れた金融モデルに非常な関心の目をそそいでいた。1907年の金融危機の後、アメリカ議会は国家金融委員会(National Monetary Commission)を設置して世界中の金融システムを調べた。アメリカがもっとも関心を示し魅力的だと考えたのは、ドイツ式のユニバーサルバンク(訳注: 預金から証券、保険まで扱う総合金融機関)だった。当時、ドイツ式はロシア・日本・イタリア・エジプトだけが採用していたモデルだ。イギリスでさえ、1931年までにはドイツ式導入には抵抗できなくなった。イギリスは公式にマクミラン委員会(訳注: ケインズも委員だった)を設置、国内銀行がいかに産業の役に立っていないか、反対にドイツ式システムが貯蓄を産業融資にまわすしくみとしていかにうまく機能するかを示す証拠を集めてまわったのである。

大恐慌の結末は、このようなユニバーサルバンク方式の世界的普及であり、それは大勝利をおさめたようにみえた。マクミラン委員会の報告書が公表された1931年7月13日、その同じ日、ドイツでは最大の総合銀行ダルムシュタット銀行が破産したのは歴史の皮肉ではあるが。

しかし1990年代がくるころにはこの流れもおさまり、金融帝国の勢力拡大が20世紀末のグローバル化の原動力になっていた。大西洋をはさんで競争がおき、程度は小さいものの太平洋の両側でも競争がおこなわれるようになったのだ。

実際、膨大な可能性を秘めたヨーロッパの資本市場がだんだん統合され、吸収合併によって国境をまたいだ銀行ができていくのを見ると、あたかもヨーロッパ生まれの新しいスーパー銀行の出現を目にしているかのように感じる。同様に、日本では金融危機によって吸収合併がすすんで巨大な金融機関が誕生し、アメリカでも恐慌時代の金融業を規制するような法律のほとんどが廃止された。1994年から'95年のメキシコペソの通貨危機や、'97年から'98年のアジア金融危機がおきた後、最終的にアメリカは自国の新しい金融モデルを新興国へと輸出するような国になり、かなりの数のスペインとアメリカの銀行がラテンアメリカへと移っていっている。

このように魅力的な可能性は戦略的ビジョンに道を拓いた。それはロバート・ルービンの態度にはっきり見てとれるし、彼がすすめているようなものでもある。彼はまずクリントン政権で財務長官をつとめ、吸収合併で1998年にシティグループが誕生すると、この新しいアメリカ式大規模金融機関のアドバイザーとして働くようになった。

しかし、新しいスーパー銀行は業務が多岐にわたり複雑で、この弱点はぬぐいきれないほど染みついている。サブプライムローン問題が発生するずっと前、シティグループはロンドンの駐在員の行為で損失を出したことがある。ヨーロッパ政府の債券市場を操作しようとしたのだ。同様な問題は東京の駐在員でもおきていた。

同じ多国籍企業でも、それが製造業なら、製品の質をきちんとコントロールするのは簡単だ。しかしこれが金融仲介業だと、何百万もの判断がばらばらにおこなわれていて、それがからみあえば、企業全体が破産しかねないほど深刻な状況になりかねないのだ。

もし彼らの企業戦略が道を誤れば、そのしっぺ返しがはじまるだろう。歴史あるヨーロッパの中くらいの国でも、戦略ビジョンを立てて国内銀行を支援するようなことはできない。しかしアメリカにとってさえ、シティグループのビジネスプランと自国の世界イメージを重ねあわせるようなことは、ただただコストが大きすぎるばかりだ。金融危機のせいで銀行を国有化するような圧力が強まるのは危険でもあるのだ。もしそうなれば、政府は国有化した企業の戦略遂行を自らの義務のように考えるようになるだろうから。

ひとつの銀行が国や世界全体の経済的な運命を決めてしまうような戦略ビジョンは、中央集権的な計画経済(central economic planning)とおなじくらい欠陥を抱えたアイディアだ。この文脈では、2007年から2009年の資本主義は1989年から1991年の共産主義崩壊となんらかわらない状況に面しているとも言えるのである。

インフレと債務不安で回復は頼りない感じだ。

Financial Times 誌の「Inflation and debt fears point to a nervous recovery」 の翻訳だす。なんか前にも似たような内容のものを訳した気がするのは気のせい...だろう、たぶん(笑)。


インフレと債務不安で回復は頼りない感じだ。

クリス・ガイルズ、ダニエル・ピンプロット
Published: January 3 2010 22:31 | Last updated: January 3 2010 22:31

危機の脅威の後にやってくるのは頼りない回復。このような見方はイギリスが不況を抜けだすにしたがって、エコノミストや為政者の頭に浮かんできたメッセージである。

経済アナリストが眠れない夜を過ごしつづけているのは、イギリスや国外の公的債務危機とインフレーションを非常に恐れているからだ。

本誌の調べによると、79人中37人の回答者は、財政支出の大幅な引き締めや増税の失敗で生まれるコストが、イギリスの国債償還コストよりずっと大きくなりかねないのを心配している。もっと言えば、彼らは投資家がイギリスにお金を貸さなくなる可能性についても考えているのだ。「最も危険なのは政府が財政をコントロールする能力に対する信頼が失われることだ。」とロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)のハワード・デイビス学長は語る。

「大規模な財政強化が必要です。それにできるだけ早く具体的なプランをつくって公表しなければなりません。」とはOECDのイギリス担当者ヘンリク・ブラコニエールの言。

多くのエコノミストが心配しているのは、政府の借入れの思ったよりずっとひどい状況が、量的緩和 - 内容のほとんどは2000億ポンドの国債買取りプログラムだ - のような緊急的な政策の終了で露呈してしまうことだ。

ムーディーズのグローバル・ソブリン・リスク・グループ(訳注: カントリー・リスクの分析をやってるんだと思う)のピエール・カイレトー(Pierre Cailleteau)代表取締役は「強力だった経済刺激政策からの離脱する時に混乱がおきると、長期金利が急上昇したり通貨が激しく乱降下(sharp currency realignments)したりするかもしれません。両方が同時におきることもあります。」と述べる。

公的債務がコントロールできなくなる心配のほか、回答してくれた1/3以上のエコノミストは急激なインフレも心配している。一番の懸念は、量的緩和自体が急激な物価上昇に拍車をかけるのではないかということである。中国やインドの景気のよい回復は、イギリスの貧弱な輸出の助けにはほとんどならないだろうが、それでも生活必需品の価格を上昇させる可能性はあるだろう。(訳注: The chief worries are that quantitative easing itself could spur sharp price rises, or that booming recoveries in China and India would do little to help Britain's meagre exports but would drive up commodity prices. 読みにくくてすみませんな。しかしここでインタゲの話が出てこないのは何故なんだぜ?)「もし意表をついて成長が上向くようだと、今後数ヶ月は"インフレの恐れ"が強まるとみてほぼ間違いない。」とイングランド銀行の元金融政策委員 Sushil Wadhwani も語っている。

インフレについてのエコノミストの見解はきっぱりふたつに分かれる。物価高騰の危険性が誇張されすぎていて、低成長で低インフレな日本タイプの「失われた10年」の可能性のほうがまだ高いというのが大勢の意見だ。しかし、政府債務の額が問題なのではないという意見のエコノミストも同じくらい多い。「みんな政府の債務やインフレを気にしすぎている。」とはロンドン・ビジネス・スクールのアンドリュー・スコットの意見。

政策判断の誤りは - とくにインフレに関しては - また違ったレベルの懸念だ。短期的なインフレ率の上昇で、イングランド銀行が金融引き締めを予想以上に早めてしまう恐れがあると警鐘を鳴らすエコノミストもいる。また、政府が景気後退の度合いの判断を誤って、回復が軌道にのるまえに財政支出をカットしてしまうこともありうる。

16人の回答者が政策の失敗が一番大きなリスクだと見ており、イギリス経済が再び後退しはじめるかごくごく低い成長になると思っているエコノミストも16人いる。金融危機の大イカ海獣クラーケンがもういちど目覚めても同じことになるだろう。

回答者の約1/4が絶対多数政党の存在しない議会や政治的弱体化を危惧していて、それが我が国の未来を脅かしかねないと考えているのは当然かもしれない。今年は気候変動より銀行家の迫害のほうが恐いと応えた人が1/4より少しだけ多かったこともつけ加えておこう。

20100111

銀行家、ボーナス課税をやり過ごす。

Financial Times誌 2010年1月8日のBankers escape bonus blowの翻訳でござる。別稿を寝かせているあいだの待ち時間(?)でやったので、いくぶんやっつけかも。


銀行家、ボーナス課税をやり過ごす。

パトリック・ジェンキンス、ミーガン・マーフィー
Published January8 2010 23:30 | Last updated January8 2010 23:30

先月、イギリス政府がシティの銀行家に課したボーナスへの特別税は、ほぼ全くと言ってよいほど彼らに影響しないだろう。本誌が一流投資銀行を対象に実施したアンケートによるとそういうことになる。

無記名ではあるものの、「ボーナスへの50%課税によるコストは、ボーナス用資金を膨らませてやり過ごす」とほとんどの金融機関が応えている。たとえこのような調整が政府や自社の株主をいらつかせようと、そうするであろうと。

この回答はヘッドハンターが集めた業界情報とも一致する。シティの人材コンサルタント(recruitment consultant)のある主任に聞いたところ「この税金の90%は金融機関によって吸収されるでしょうね」とのことだ。

多くの金融機関がボーナス用資金を2倍に増やすだろう。そのコストは株主の配当にまわされる。すでに資本増強のため収益を確保するよう当局から要請があって、それには金融機関も譲歩している。この状況ではさらに配当は少なくなるかもしれない。

金融機関のプランに不満を募らせる投資家も増えてきている。「税金をうまくかわすための報酬のしくみを追加コストに計上すべきでない」とイギリス保険業協会が警告したのもこの金曜日だ。

「職員の税金逃れを理由に雇用コストを増やすことなどあってはならない。これでは会社が職員の多額のボーナスを人質にゆすられているようなものだ。」と述べる有名投資家もいる。

15日金曜日にJPモルガンが2009年第4四半期決算を発表する。それを皮切りに、今週はアメリカの金融機関の好調な売り上げ(とボーナス)がぞろぞろと明らかになると思われる。

イギリスやヨーロッパの金融機関の決算は今後6週間でおこなわれる予定だ。ボーナス特別課税にどう対処するか、アメリカのグループ企業の先例やライバル企業のボーナスにあわせ、競争圧力で決まるだろうと認める回答もあった。

RBS(ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド)は一部国有化されているので、そのボーナス支払額が明らかになる2月末はとくにぴりぴりした状況になると思われる。

アンケートによると、アメリカ企業のほうが税金の影響を吸収する度あいが大きそうだ。しかし、アメリカでもヨーロッパでも、ボーナスへの課税のコストを企業と個人で分けあう道をさぐりたいという回答は見られた。つまり、ボーナスへの特別課税のコストがロンドンだけでなく世界の銀行家で分担されることになるということだ。

このような銀行家の戦略は、この税金を発表したアリスター・ダーリング大蔵大臣を困らせることになるだろう。彼はこの特別税で銀行の高額ボーナスを阻止しようとし、少ないながらも5500万ポンドの税収増は見こんでいたのだから。

今週初め、大蔵省は金融機関の振る舞いを変えさせるのに失敗したことを認めた。しかし、この失敗も今度の税収増でごまかされてしまうだろう。

平均的な回答によると、大蔵省にもたらされる税収は50億ポンドくらいになるだろうと予想されているのだ。

本誌がアンケートしたのは次の12の金融機関だ。バンク・オブ・アメリカ、メリルリンチ、バークレイズ、シティグループ、クレジットスイス、ドイツ銀行、ゴールドマン・サックス、HSBC、JPモルガン・スタンレー、野村、ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド、UBS。JPモルガンとゴールドマンサックスからは回答がなかった。

追加情報はケイト・バージェスが報告してくれた。

20100108

ハロルド・ジェームズ: 大きな銀行がさらに大きくなりそうなワケ

Project Syndicate から。 Why Big Banks Will Get Bigger の翻訳。


大きな銀行がさらに大きくなりそうなワケ

ハロルド・ジェームズ

フィレンツェ(訳注: FLORENCE という土地は世界にいくつかあるが...) - 大規模な金融危機がおき長く苦しい混乱が訪れている。しかしそれは意外な事実ももたらしてくれている。危機の余波から得られる教訓は、危機の行きつく先とあまり関係がないというのがそれだ。誰を責めるべきかは直感的にはっきりと答えられる。しかしその答えというものが、われわれの行きつくであろう新しい金融世界のイメージとみごとに一致しないのである。

この危機は2007年にはじまったアメリカのサブプライムローンに端を発するものである。そして、アメリカの「大きすぎて潰せない」銀行の存在は、多くの人にアメリカ的な金融資本主義もこれで終わりだろうと思わせることになった。ひどい損失を被った銀行はいたるところにあったのだが、長い目でみると、危機のおかげで規模が大きくなったアメリカの銀行が勝ち組になりそうだ(ここには悪名高く、まったくどうしようもない銀行がいくつか含まれる)。納税者のお金を使ってアメリカの金融資本主義が力をとり戻すというわけだ。

今回の金融危機の教訓は明らかなのに、なぜそれが活かされないのだろうか。それは金融活動のおもしろい性格による。金融業はもともとは競争の激しい業界なのだが、同時に競争が決してうまく機能しない業界でもあるのだ。

金融活動の核は、評判や情報ネットワーク、マーケティング能力(訳注: the ability to make markets as well as trade on them)にある。そのため大規模化が有利なのは明々白々、そしてそれが弱点にもなることは、この2年間でわれわれが見てきたとおり。結果として、金融市場は比較的少ない企業で占められることになっていく。

古きよき時代、金融業が安定していて国にしっかり守られていた頃、3つか4つの主要銀行がある寡占状態を形成することが多かった。例えば、イギリスならバークレイズ・ロイズ・ミッドランド・ナショナルウェストミンスター、ドイツだとコメルツバンク・ドイツ・ドレスナーがそれにあたる。公式非公式な金融カルテルで融資条件や金利を決めている疑いが常にあったわけだ。そして監査機関はこれに目をつぶるのが普通だった。

1990年代と2000年代、国際化が新しい風景を生みだそうとしていた。わずかな銀行が、ひとつになったグローバル市場をもういちど切り分けようとしていた。銀行はグローバル金融市場でベストポジションを得ようと画策し、一番規制の緩い場所に本拠をおくのが普通になった。

銀行は急速に成長し、その規模の大きさが問題になってきた。大規模化にしたがって、多岐にわたる膨大な業務管理が難しいのに気づいた。ソフトウェアシステムの互換性がとれなくなり、従業員はごろつきのようで、営業している国の文化の違いを把握するのに苦労するようになったのだ。

世界最大の銀行が問題を起こすのはほとんど必然だ。1990年代に世界最大だった銀行には日本のものが多い。いったい、第一勧業をいまだに覚えている人がどれくらいいるだろうか?

他の銀行より優位に立つにはどこに目をつければよいか、今回の金融危機から新しい考えが生まれた。銀行が得た教訓として最もはっきりしたのは、自分たちが失敗した際に会社を救うコストを負担してくれそうな強い力を持った政府が銀行には必要だということ。銀行にとって、規制うんぬんを最優先にするのはもはや最善策ではなく、もっとも財布の膨らんだ国はどこなのかが問題なのである。

とても大きな銀行が国土も政府規模も小さい国に拠点を置くと、その銀行には弱点がたくさんできてしまう。アメリカという国は、バンクオブアメリカやシティグループのような巨大怪獣を抱えるに足る大国だ。中国も国内に大きな銀行を抱えられる。たとえその銀行が信用の低い金融資産を山のように抱えていたとしてもだ。

ヨーロッパの銀行はもっと不安定な状況にある。アイルランドとアイスランドは悪い意味で有名な事例で、金融業界の問題が宿主である国家に転移し国家に壊滅的ダメージを与えた。フランスやドイツにおいてさえ、国際展開している大銀行の救済は両政府のキャパシティを越えている可能性がある。さらに加えて銀行が国際展開している場合、どの国がどの部分に責任を持つかという複雑な問題がおきる。例えば、ヨーロッパ中部にあってオーストリアの銀行の支配下にある銀行が、ドイツの銀行に買われて、さらにその後イタリアの銀行に買い取られたらどう扱えばよいのだろうか。

そのようなわけで、金融業の監督や規制が汎ヨーロッパ的に行われるよう(そして暗黙には、それが失敗した時に財政的な救済がおこなわれるよう)、国際的な大銀行は活発なロビーイングを続けている。

国家による救済が必要になった場合、現行のヨーロッパの競争ルールでは銀行から財産などを剥奪し規模縮小させねばならない。そのような銀行に対しては、2009年に世界最大規模の国際銀行だったロイヤル・バンク・オブ・スコットランドのように、EUの競争総局が切り詰め作業を行うのである。

銀行に対して自己資本比率のひき上げを求める圧力はかなり強まっている。ほとんどの場合、このような圧力があると、銀行が融資を減らし続けてしまい金融危機を悪化させることになる。

一方、アメリカでは政府によって大銀行による脆弱で小さな銀行の買収が奨励された。現在は銀行に圧力がかけられていて、アメリカ政府はなりふり構わず銀行に借り入れを増やさせようとしている。政府の対処はパラドクスだらけだ。われわれが金融システムに競争が必要であることを強調すればするほど、個々の銀行はリスクを犯すようになる。政府に介入の準備が整うほど、そして介入の規模が大きくなればなるほど、大銀行や大国がより得をするようになってしまうのである。

グローバル化が進んだこの20年、小さくても規制が少なく開かれた国が世界のリーダーにのし上がってきた。今後20年のグローバリゼーションは違った形になるだろう。金融世界の支配者を生みだすため、政府の資源を動かせるような強い大国が勝者だ。

スティグリッツ: 生きていくにはデカ過ぎる。

Project syndicate.com に掲載された、銀行規制とインセンティブの重要性についての記事の翻訳。


Too Big to Live

ジョセフ E.スティグリッツ

ある激しい議論が世界で巻きおこっている。金融システムの信頼を回復させ、しばらくのあいだ危機を防いでおくには、どんな規制が新たに必要なのだろうかという議論だ。イングランド銀行のマービン・キング総裁は、メガバンクが行う類の経済活動の制限を要求している。ゴードン・ブラウン首相にとってそれは勘弁してよという感じだが、どちらにせよ、イギリスで最初に破綻したのは500億ドルもの損失を抱えたノーザンロックで、彼らが「ごく普通の」担保つき融資を行っていた事実に変わりはない。

ブラウンの案だと、彼はこのような規制を実施しても危機の再発は防げないと思っているようだ。しかし、大きすぎて潰せない銀行の制限を要求するキング総裁のほうが正しい。アメリカやイギリスだけでなく世界中どこでも、納税者の負担の大半は大銀行に責任がある。アメリカでは今年だけで106の小銀行が倒産していった。メガバンクこそ我々にメガトン級の損失をプレゼントしてくれた張本人なのである。

今回の金融危機は、少なくとも8つの別々の失敗が互いに関連した結果だ。

  • 潰せないほど規模の大きい銀行には誤ったインセンティブがある。つまり、ギャンブルの負けを清算する(訳注: 損失補填する)のは納税者で、勝てば自分はアガリを手に席を立てるというオイシイ状況。
  • 金融機関同士の関係が複雑すぎて簡単に倒産させられない。AIG問題でアメリカ国民が払った1800億ドルはその一部でしかなく、問題の全体からすれば少額だったといえよう。
  • たとえ個々の銀行が小さくても、全体が同じモデルを使っていれば、システミックリスクは急上昇してしまう。
  • 銀行のインセンティブ構造が、目先の利益追求と過剰なリスクテイクを促すようなものになっている。
  • 自らのリスク評価において、銀行は(彼らや彼らの失敗が)他に押しつけかねない外部性というものを考慮しない。これは我々が規制を必要とする第一の理由だ。
  • 銀行によるリスク評価がまずかった。銀行が使っていたモデルは欠陥だらけだった。
  • 投資家の手にする情報は銀行よりずっと少なく、彼らはレバレッジが高すぎて危険なのを知らなかったと思われる。これが銀行に過剰なリスクを背負い込ませるような圧力になってしまった。
  • 状況を理解し、システミックリスクを増大させる行為を防ぐはずの当局が下手をうった。規制当局のモデルにも欠陥があり、そのインセンティブにも問題があった。あまりに多くの人々が規制の役割を理解していなかったし、ちゃんと規制できているという幻想に「捕らわれ」る人ばかりだった。

規制当局や監督省庁がもっと信頼できるなら、残りの問題について我々も安心だったろう。しかし、それがどちらも当てにならないとなれば、我々はなりふりかまわず問題に対処せねばならない。

規制する行為に犠牲がともなうのは当然だが、不十分な規制のしくみによる損失は桁違いに大きい。我々は金融危機を防止するという状況からほど遠く、規制強化の恩恵はどんなコスト増にもかえがたい。

キング総裁は正しいのである。銀行が大きすぎて潰せないのは、存在するには大きすぎるからなのだ。そのような大銀行が存続したいならば、いわゆる「公益事業体」のようでなければならない。つまり、大銀行には厳しい規制が加えられなければならないのである。

特筆すべきなのは、メガバンクによる営利目的の取引が金融市場をゆがめてしまうということ。納税者に損失を肩代わりさせつつやるような賭けが、一体全体認められるべきなのか? 「シナジー」なんぞ意味不明なのである。それに国民の損失を上まわるほどの利益があるとでも言うのか? 充分すぎるほど巨額の取引をしている大銀行もある(それは自己資金と顧客の資金の両方を使って行われている)が、そのような大銀行は、事実上インサイダー取引と同じくらい不公平で有利な立場にいるのだ。

メガバンクは高収益を得られるかもしれない。しかし、その犠牲になっているのは他の人々だ。これはインチキゲームだ。それも、一部のプレイヤーが他の小プレイヤーに一人勝ちするインチキゲームなのだ。アメリカやイギリスの政府保証付きCDS(クレジット・デフォルト・スワップ、信用リスクを移転する方法で金融派生商品のひとつ)を買わない者がいるとでも言うのか? メガバンクが金融市場を席巻するのは当然の成りゆきなのである。

現在、経済学者の間で合意があるのはインセンティブに問題があるという点だ。銀行に勤める人は収益を上げるほど報酬も高くなる。たとえその収益が、パフォーマンス改善(これは他よりよい仕事をしたということだ)によるものだろうと、単により大きなリスクを取った(この場合レバレッジが高くなる)だけであろうと変わりはない。

株主や投資家を騙そうが、リスクと報酬の関係を理解してなかろうが同じだ。おそらく両方ともやっているのが本当のところだろう。どちらにしても失望させられる事態である。

投資家がリスクを理解せずコーポレート・ガバナンスも存在しない状況で、銀行家が適切なインセンティブのしくみをつくりあげることはあり得ない。このような欠陥を組織レベルでも投資マネージャレベルでも正していくことがきわめて重要なのである。

これはすなわち、規模の大きすぎる(もしくは複雑すぎる)企業を解体することでもある。もしできないという企業があるなら、これらの企業に許される行為を厳しく制限し、高い税金や高い自己資本比率を課すことで、市場のゆがみを矯正していくことになる。悪魔が潜むのはもちろんその中味。大銀行は自分の負担をできるだけ軽くしようとし、納税者による損失補填から得る利益のほうが大きくなるようできることをしてくるだろう。

たとえ万が一、金融業のインセンティブのしくみを我々が完璧に修正できたとしても、それらの銀行は大きなリスクを抱えたままだ。銀行が大きくなればなるほど、そして大銀行ならではのリスクテイクを行えば行うほど、我々の経済と我々の社会に対する脅威は大きくなっていくのだから。

この話は白黒はっきりする類の問題ではない。銀行の規模を制限すればするほど、もっと余裕を持って銀行問題を考えられ、他の規制内容にも手をつけられるようになる。これがまさに、キング総裁やポール・ボルカー(訳注: 元FRB議長)、国際金融システム改革に関する国連専門家委員会(訳注: 通称スティグリッツ委員会)、そして大銀行には手綱が必要だと主張する他の多くの人々が正しい理由なのである。実現するには多角的アプローチが必要だ。特別税、自己資本比率のひき上げ、より厳しい監督、規模やリスクテイク行為の制限などがそれに該当する。

このような対策をしたとしても金融危機を防げるとは言えない。しかしその可能性は下げられるし、もし金融危機が起きても、こうすることで損失は少なくなるはずだ。

20100105

シティ街からの警告

UK deficit warning from City economistsの訳。


シティ街からの警告

By Chris Giles, Daniel Pimlott and Jean Eaglesham
Published: January 3 2010 22:31 | Last updated: January 3 2010 22:31

イギリスは今年、苦しい予算編成に屈服する危機を迎えている。本誌の調査によると、今年一杯は少なくとも経済が低迷しそうだからだ。

我が国が抱える最も大きなリスクを3つ挙げてもらったところ、79人中37人のエコノミストがイギリスの財政危機が経済復興の予定を狂わしかねないという意見だった。

LSE学部長(かな?)でイングランド銀行の元金融政策委員会委員ハワード・デイビスは「最も大きなリスクは政府が財政をコントロールする自信の低下です。」と述べている。

イングランド銀行の元副総裁 John Gieve氏も、財政赤字に対して不適切なアプローチで望んだ場合、ポンドが乱降下することになりかねないと述べている。シティ街のエコノミスト、元金融政策委員会委員や研究者たちによって、選挙前の小競り合いが激しくなるにつれて警鐘が鳴らされている。

ゴードン・ブラウン首相はおよそ1780億ポンドの財政赤字削減には事実上の支出削減が必要であることを認めず、日曜日にライバルから"不誠実"だと非難を受けた。

首相は政府が予定する支出カットについて、BBCのインタビューに「国民は投資の用意をする必要があります。トーリー党はしません。」と応えている。

首相はまた「我々は公共サービスを守るために社会保障を1%値上げします。これは医療や教育、警察活動への支出を維持するためです。」とも述べている。

保守党議員によると、首相のコメントから想像するに、内閣では"落胆が広がっている"のだろうということだ。

エコノミストのほとんどがイギリスの回復と2010年の成長を信じているが、政府とイングランド銀行がイギリス経済の立ち直りについての見方は楽観的すぎると考えている。2010年末に平均2.5%以上で成長していると予想するエコノミストはたった16%しかいない。

イギリスがギリシアやアイルランドを巻き込んだような財政危機を回避するため、政府は財政再建計画をもっと明確で信頼できるものにする必要があるというのが彼らの意見だ。もし万が一、投資家が今値上がり中の政府債を買わないと決めてしまえば、金利が上がって景気回復は足止めを喰らってしまうだろう。

とは言うものの、エコノミストの間でも財政危機にどう対処するかについては意見が分かれている。回答者の半分は2010年中に支出削減し増税するのが最優先だという保守党の考えを支持している。もう半分はこのような急速な借り入れの削減は回復の足をひっぱるものだと警告している。

日本の失われた20年

The Economist誌"Japan's two lost decades"の翻訳。


日本の失われた20年

日本からの教訓が終わる時

2009年12月30日
The Economist 印刷版より。

かつて、日本は金融危機への対応がどれほど大きな賭けとなるのか世界に教えてくれた。そして今、欧米諸国がその賭けをする番になっている。

「東京では新年のご祝儀相場による値上がりが予想される。」 1989年12月29日の速報ヘッドラインはこんな風に市場を熱狂的に支持していた。その日、世界史上最大規模の資産バブルはその臨界点に達していたのである。そして日本は、ちょうど20年後の今もまだ、そのバブル期のツケを払い続けている。日経225はバブルのピーク時に38,916円を記録したが、現在ではそのたった1/4超にまでしぼんでいる(新年のご祝儀相場があると言われてはいるが)。「失われた20年」の日本経済は名目値でかろうじて成長したくらいで、いまだにデフレの害を受け続けている。この国はいったんアメリカににじり寄ったものの、最近では中国の首筋に熱い吐息をかけている。皆さんは"ジャパン・アズ・ナンバーワン"というコピーを覚えているだろうか? 今日、その同じ国のご自慢は、総額でGDPの200%に達する政府債務なのである。

日本人にとってこれらはみな深刻な問題だ。ところが、この2年で'89年以降の日本が抱え込んだ問題の多く(資産価格の暴落、投げ売り同様の債券、のしかかるデフレの恐怖)と同じものに、西側諸国も直面することになってしまった。崩壊しかねない金融システムに対し、政府はどうすべきで、どうすべきでないのか、日本は有用な教訓を残してくれた。

日本という先達のおかげで、その教訓の多くは迅速に実行された。日本当局がやったよりかなり迅速に(日本国民は試行錯誤せねばならなかったという点で不運だった)、欧米の政策決定者は、国内銀行に流動性を供給して資本を積み直させ、同時に財政刺激を惜しみなく行って民間需要の激減を相殺したのである。そのおかげで、世界経済の見通しはだんだん明るくなってきている。

日本からの教訓で残っているものはあるだろうか? 日本に学ぶというやり方は、様々な点で、すでに使えなくなってしまっている。それは、部分的には、欧米諸国の現状が日本のかつての状況より悪いからだ。ギリシアのように最も不安定な国々は、かつての日本にはなかったような問題に直面している。これらの国々の市場では国の債務返済能力が信頼されなくなるだろう。一方、日本は巨額の国内貯蓄で災難をやり過ごしており、日本の投資家は海外投資よりお金を国内にとっておくほうを好んできた。世界金融危機の規模は大きく、日本の問題はかすんでしまうほどだ。彼らの問題は海外にほとんど影響せず、世界経済の成長にとっては背景のようなものだ。それより、膨大な赤字を抱えた国が多すぎて、財政の信頼性が急激に失われることのほうがもっと深刻な事態である。

しかし、欧米のほうが日本よりまともな点もある。我々のシステムは日本より柔軟なのだ。柔軟な国であればあるほど、生産性を維持するための構造改革への抵抗も少なくなる。また、欧米は日本と違い民間の不良債券処理に対する政治的障害も少ない。さらに、西洋人は日本人より決断力をもって行動し、とくに経済に流動性を供給して金融業界のバランスシートを改善させているという点で有利だ。ゾンビバンク(訳注: 経営破綻しているはずなのに政府の救済で生きながらえている銀行)が少ないほどデフレに陥る兆候は減り、成長のきざしが見えるのはずっと近づくだろう。欧米は未知の領域にいる。そして、すでに日本が踏み込んだことのない段階にあるのはおそらく間違いない。

卒業

したがって、日本の哀しい窮状から特定の教訓を導きだしつづけるのはとても難しくなっている。しかしながら、日本は、すべての経済災害に共通する一般的な教訓を残してくれている。それは、景気回復っぽい兆候に騙されてはならないということ。日本はこれを誤認し、民間需要が回復を維持できるほど力強くなってもいないのに、なんども財政引き締めを行ってきた。それがデフレを固定化したのである。また日本の国内銀行の資本も、今後のショックに対応していくには少なすぎるまま放置されている。

先進国の政策決定者は、まだ数え切れないほど多くの作業を抱えている。多くの銀行はその融資に巨額の評価損を抱え、経済には余剰設備が重荷となり、家計の借金はかさんだままだ。このような状況であわてて引き締め政策をとれば悲惨なことになりかねない。試行錯誤するしかないが、ミスをすればするほど、我々の今後10年は日本の失われた20年に似たものになっていくであろう。

インフレ目標2%を断行せよ